キオク

第八話 決意


「なぬっ! 香奈ちゃんが記憶喪失!?」

 今頃気付くな。馬鹿。

 というわけであの後、病院に戻ってきた俺と香奈ちゃん。

 香奈ちゃんは皆に向かって頭を下げる。

「みんな、ごめんなさい……」

「気にしないで」

「それでね、私、考えたんだけど……頑張ってみようと思うの。記憶を元に戻すのは難しいかも知れないけど…

…諦めたくないんだ」


 さらに言葉を続ける。

「でも一人じゃ心細いから……みんな、手伝ってくれないかな……?」

 か弱い声でそう訊いてくる春ちゃん。

 皆の答えはもちろん──

「うん、姉として香奈のことほっとけないしね!」

「私も手伝うよ! 香奈、頑張ろっ!」

 里奈さんと春ちゃんは香奈ちゃんの決意を心から受け止めてくれた。

 そんな二人とは別に裕はかっこつけて言葉を発する。

「俺は元から協力するつもりだったんだぜ……」

 本当かよ……正直、信じられん。

「そして、香奈ちゃんを助ければ……春ちゃんが俺を見直して印象アップだぜ!」

 なるほど、だから協力するとか言ったわけだ。やらしい。

「全部聞こえてるんだけど……」

「あっ! まじぃ……」

 春ちゃんがここにいることを今頃気付く馬鹿。

 というより周りが良く見えていないだけ。

「ま、印象は今以上良くはならないよ。むしろ下がるかもね」

「そ、そんなぁ〜」

「あはは〜!」

 香奈ちゃんが久しぶりに見せた輝く笑顔。

 それを見て、俺は香奈ちゃんが少しずつ元気になっている気がした。

 なんか安心。



 次の日──

 学校が終わると俺はいつも通り病院へと向かった。

 病院へ着くと、入り口の前には里奈さんが。そして俺を見つけると軽く手を振ってくる。

 何か俺を待ってたみたいだけど、どうしたのかな?

「あ、星川君! ちょっといいかな?」

「里奈さん。どうしたんですか?」

「うん。ちょっと伝えておかないといけないことがあってね。香奈、明日で退院することになったの」

「そうなんですか! 良かった……あ、退院したらどうするんですか? 学校とか」

「それが問題なんだよね……」

 俺は考えて見るがどう対処すべきかよくわからない。

 そんな中、里奈さんがある提案を出した。

「香奈に決めてもらおうか? 自分自身どうしたいかが問題だと思うからさ」

「あ、その方がいいですね」

 その提案に異論はないので俺は相槌を打つ。

「それしゃあ、星川君、聞いといてくれないかな?」

「えっ!? 俺っすか?」

 まじ? 俺よりも里奈さんが聞いた方がいい気が……

「うん。私、今からちょっと用事で出掛けなきゃならないんだ。だから、お願いね」

「あっ、は、はい……」

 それなら仕方がないか。

「それじゃあ、よろしくね! 香奈には星川君しかいないんだから!」

 そう言い残し、里奈さんは笑顔を見せて病院を去っていった。

 ……もしかして俺、里奈さんにからかわれてる!?



「香奈ちゃん。元気?」

 病室へと入るとそこにはいつも通りベッドに横たわる香奈ちゃんがいた。

 俺が入ってきたことに気付いた香奈ちゃんは返事を返してくる。

「あ、星川君。うん、大丈夫だよ」

「……あのさ、明日で退院出来ることは知ってるよね? それで退院したら学校どうする?」

「学校?」

 きょとんとした顔を見せる香奈ちゃん。

 何かよく分かってないみたいだから説明してあげないとな。

「うん。学校行くとしたらいろいろ大変じゃん。ほら……記憶喪失のこととかあるからさ。だから、香奈ちゃん

自身がどうしたいか聞きたいんだ」


「…………」

 その言葉を聞いて香奈ちゃんは深く考え出す。

 表情を見る限りかなり悩んでいるみたいだ。無理もないか……こんな状態だし悩むよね……

 そして、香奈ちゃんが出した結論は……

「……私……行くよ! 学校」

「えっ? 行くの?」

「うん。家にいるより学校に行った方が記憶を取り戻すにはいいと思うし。もちろん、星川君や天満さんの協力

が必要だけど……」


 香奈ちゃんは不安ながらもそう決意した。

 それなら俺も迷う必要はないな。

「わかった……香奈ちゃんがそう決めたなら俺は協力するよ!」

「ありがと……」

 顔を赤らめながら答える香奈ちゃん。

 ……可愛い。

「……んじゃ、俺、行くよ。香奈ちゃん元気みたいだし」

 そう言って病室を出て行こうとすると……

「あの……まって! 星川君、ちゃっといいかな?」

 いきなり香奈ちゃんが俺を呼び止める。

「え? どうしたの?」

「あのさ……」

 何だろ? 何かあったのかな? 何か言いにくそうな事みたいだけど。

「……私、記憶をなくす前に星川君と付き合ってたって本当?」

 そ、その事!? 

 ど、どう答えよう……やっぱり香奈ちゃんに嘘はつけないよね。

 そういうわけで俺は焦りながらも正直に答えることにした。

「……う、うん」

「そっか……」

 そう呟き、香奈ちゃんは窓の外に広がる空を眺めだす。

 病室の中を沈黙が包む。

「べ、別に嫌ならいいんだよ。別れちゃっても」

 とっさに出た言葉。

 確かに香奈ちゃんのことは好きだけど、今の状況じゃ付き合っていくことは難しいと思う。無理して付き合って

いてもしょうがないし。


 そんなネガティブになっている俺をよそに、香奈ちゃんが意外な言葉を返してきた。

「……このまま私の彼氏でいてくれないかな?」

「えっ!?」

 ま、まじで!? どういうこと?

「私、付き合ってた頃の記憶ないけど星川君がいないと駄目な気がするんだ……何となく感覚でわかるよ」

「香奈ちゃん……」

「ダメ……かな……?」

 上目遣いでそう言ってくる香奈ちゃん。

 破壊力抜群! そんな顔されてダメなわけがない。

「お、俺だって香奈ちゃんと別れたくないよ。それに香奈ちゃんを守るって決めたし」

「良かった……それじゃあ、これからもよろしくね!」

「う、うん! 俺の方こそよろしく!」

 やっぱり記憶を失っても香奈ちゃんは香奈ちゃんだよね。何でこんないい娘があんな目に遭わなきゃいけない

んだろう。


 そう考えると目に涙が溢れてくる。

 それに気付いた香奈ちゃんは、俺を気遣って優しく言葉をかけてくれた。

「ど、どうしたの? やっぱり嫌だった?」

「いや……なんでもないよ。気にしないで……」

 優しい……また涙が溢れてくるよ。

 ヤバイ……止まらない……

「な、泣かないでよ〜!」

「う、うん……」

 こうして俺と香奈ちゃんは恋人という関係を留めることになった。

 でも大丈夫かな? これからちょっと不安……学校も始まるし……

 そう。本当に大変なのはここからだったのだ。



2007年12月9日 公開







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