キオク

第七話 今の気持ち


「……そうだったの。香奈の記憶が消えちゃったんだ……」

 全てを知った春ちゃんは複雑な表情を浮かべる。

 無理もないだろう。こんな事になってショックを受けない人などいない。

「ごめん。この事は秘密だったんだ……」

 気まずい空気が流れる中、背後から聞き覚えのある声がかかる。

「星川君!」

 里奈さんだ。

「あ、里奈さん……」

「……? この人達は?」

 そこに見慣れない顔がいたためか、そう訊いてくる里奈さん。

「えっと、僕の同級生です。なんか勝手についてきちゃって……」

 と俺が説明している横で二人が会話に割り込んでくる。

「天満春香です!」

「勇っす」

 春ちゃんは礼儀正しく、勇はテキトーに挨拶をした。

「天満さんに勇くんね。よろしく。」

 里奈さんは二人の挨拶ににこやかな笑顔を返す。

 そして、続けて話しだす。

「……もしかして香奈の事ばれちゃった?」

 確信的な質問。

 今更嘘をついても仕方がない。俺はうつむきながら謝った。

「……すみません」

「あ、あの、ごめんなさい……こんな事になってたなんて思っていませんでしたから……」

 続けて春ちゃんが申し訳なさそうに謝る。

「い、いいの! もうバレたことは仕方がないから……」

 やっぱり里奈さんは優しいなぁ……

「それで香奈、どこに行ったか知らない?」

「香奈ちゃんならあそこに……って、あれ? いない……」

 香奈ちゃんが先ほどいた場所を見ると誰もいない。

「どこいったんだろ?」

 きょろきょろしながら周りを見渡す。

 その時、勇が衝撃的な言葉を発する。

「あ? 香奈ちゃんならさっき出てったぞ」

 なに!? 出て行った!?

「はぁ!? 何で止めなかったんだよ!?」

「いやぁ〜 外の空気吸いたいのかなぁ〜とか思ってさ」

 へらへら笑いながら答える勇。

 どうやら今の状況をまったく理解していないらしい。

 正直殴ってやりたいところだが、今はそれどころではない。

「……このアホ! ごめんみんな! 探してくる!」

 そう言葉を残して俺は病院を飛び出した。

「えっ! ちょ、ちょっと星川君!」



「くそっ! どこ行ったんだよ!」

 病院の周りを探しても一向に見つからない。

 俺の心の中にじわじわと不安が募っていく。

 車のエンジン音。踏み切りから鳴り響く音。

 耳の中に届く全ての音がさらに不安を煽っていく。

 数十分ほど走っただろうか。俺はふと足を止める。

「あれ……」

 見覚えのある車椅子。そして、目線の先に線路上にぺたんと座り込む少女が。

 腕と足にはギブスが付けられている。

 あの娘はもしかして……

「……香奈ちゃん?」

 その時、遠くから汽笛が聞こえてくる。

 電車だ。

 不意にあの事故の時の光景が脳裏に浮かぶ。

 また香奈ちゃんが……

「!! 危ないっ!」

 俺は必死に走っていた。

 刹那。電車が脇の線路を強速急で駆け抜けていく。

 気が付くと俺は香奈ちゃんを抱きかかえて線路脇に倒れこんでいた。

 急いで立ち上がり香奈ちゃんの肩を掴んだ俺は我を忘れるかのごとく怒鳴った。

「何してんだよっ! 死んだらどうするんだ!」

「……もうやだよ」

 そう言って香奈ちゃんはそっとしゃがみこんだ。

「……香奈ちゃん?」

「私、記憶無くなっちゃったんでしょ? もう……限界だよ……」

 俯いた香奈ちゃんの頬を涙が伝う。

 俺はそれを見て何も言葉を返せなかった。

 そう、今、一番苦しんでいるのは香奈ちゃんだ。

 でも俺には……

「香奈ちゃん……」

 無意識のうちに体が動いた。

 香奈ちゃんを優しく抱きしめる。

「大丈夫! 香奈ちゃん! 俺が……君を守る! どんなときも……香奈ちゃんを助ける!」

 これが今の俺の気持ち。

 嘘偽りなんかまったくない。

「だから……馬鹿なまねしないでくれ……」

「……でも、私がいたらきっと迷惑……」

「そんなこと考えなくていい! 俺が……そうしたいんだ」

「……信じていいの?」

 目に涙をためながら弱弱しい声で訊いてくる。

 それに俺は優しい声で答える。

「うん。安心して」

 直後、香奈ちゃんは俺の胸の中で泣き崩れた。

 小さな身体を小刻みに震わせながら。



2007年11月21日 公開







何か一言あればどうぞ。拍手だけでも送れます。
一言送って下さった方には、後日ブログで返信いたします。






          

inserted by FC2 system