キオク

第九話 自然に


 三日前に病院を退院した香奈ちゃんは今日から学校に通う事になった。もちろん自分の意思で。

 香奈ちゃんの記憶喪失のことは前日、先生達にだけ伝えた。先生達との相談の結果、生徒達の騒動を防ぐため

記憶喪失のことは公言しないことになっている。


 とりあえず、今俺が出来る事は香奈ちゃんをフォローすること。

 隣には重い足取りで校舎の階段を上っている香奈ちゃん。

 そうだ。この娘は俺が守らなきゃ。

「大丈夫だよ。俺が付いてるからさ!」

「う、うん。でも何か心配になってきた……」

 教室に近づくたびに顔がだんだん歪んでいく。

 だ、大丈夫かな?



 一年四組。ここが俺と香奈ちゃん、ついでに勇のクラス。俺は不安を浮かべる香奈ちゃんと一緒に教室に足を

踏み入れた。


 やはり香奈ちゃんの姿に気付いた生徒が次々と駆け寄ってきた。そして、あっという間に香奈ちゃんの周りに

は女子を中心とした人だかり。


「香奈! この前退院したんだって? もう〜心配したんだから〜!」

「そうそう」

「事故に遭ったんだって?」

「えっ!? えっ!?」

 次々飛んでくるクラスメイトの言葉。

 香奈ちゃんはそんな質問攻めに、どう対応していいか分からず戸惑っているようだ。

 そうか、香奈ちゃんは自分がどれほど人気があるか知らなかったんだ。そりゃあ、あせっちゃうか……

「大丈夫? 香奈?」

「どうしたの?」

「え、えっと……」

 言葉を詰まらせた香奈ちゃんは黙ったまま俯く。

 ……これはまずいな。助けないと。

 と、俺が人だかりに乗り込もうとした、その時──

「はいは〜い。」

 そこに現れたのは春ちゃん。教室のドアをくぐり、香奈ちゃんの所へと向かう。周りの生徒の視線は一気に春

ちゃんへ。


「春香ちゃん……」

「香奈、先生が呼んでるみたいだよ」

「え? そうなの?」

「ほら、香奈。私がついてってあげるから行こっ!」

 そして、春ちゃんは香奈ちゃんの腕を引っ張り、人だかりを掻き分けながら教室を出て行く。その際、俺に軽

く合図を送った春ちゃん。


 ついてこいって事かな?

 そう解釈した俺はすぐに教室を後にした。



 春ちゃんが向かった先は、高いフェンスで囲まれた校舎の屋上。

 風が強く、朝ということもあってか生徒は誰一人いなかった。

 因みにこの学校の屋上は一般生徒にも開放されている。

「あの、先生が呼んでたって……」

「嘘にきまってんじゃん♪」

 にこやかにそう答える春ちゃん。

 どうやら香奈ちゃんをクラスメイトから撒くために嘘をついたようだ。

 まぁ、あんな状況だったし仕方がないか。

「さっすが〜春ちゃん! さいこー!」

 そこですがさす歓喜の声をあげる勇。

 こいつ、いつの間にいたんだ?

「馬鹿は黙ってて! それになれなれしく呼ばない! あと何でここにあんたがいるの?」

 ジャブ! アッパー! ストレート! いつも通り勇に対しては容赦なく悪口を浴びせる春ちゃん。精神的に

大ダメージを受けた勇は涙目だ。
ご愁傷様。

「香奈〜! あんなんじゃダメだよ〜! 」

「ごめん……でも、不安で上手く話せなくって……」

 弱弱しい声で答える香奈ちゃん。

 やっぱり難しいよね。あんな状況でいきなり馴染むのは俺にも出来ないし。

 そんな不安いっぱいの香奈ちゃんに対し、春ちゃんは両肩を掴みながら真剣な面持ちで口を開いた。

「いい? 自然な感じでいればいいんだよ。相手と普通に会話すればいいだけ。確かに、不安だろうけどここを

乗り越えれば何とかなるから。わかった?香奈?」


 優しい表情でそう訴える。しばし考え込んだ後、香奈ちゃんは顔を上げてにこやかな笑顔を作った。その顔に

迷いは見えない。


「……うん、わかった。精一杯頑張ってみるよ! 春香ちゃん」

「ちがうー! そこは春ちゃんね! 私の呼び方間違えないでね。だと怪しまれちゃうよ?」

「……ごめん」

 すぐさま間違いを指摘する春ちゃん。こういうところは容赦ないな。

「わかったよ! 春ちゃん!」

 そこに横から割り込んでくる馬鹿(勇)

 二度目の割り込みに頭がきた春ちゃんは、不気味な表情でギロリと馬鹿(勇)を睨む。

 ……何か変なオーラが出てるんですけど。

「それ以上、春ちゃんって呼んだら……消すよ?」

「……ごめんなさい。天満春香様……」

 ……懲りないやつ。



 その後、俺たち三人(+一人)は今後の事を話し合い、教室へと戻った。そしてほぼ同時にホームルームが始

まる。


 幸いホームルーム中なので香奈ちゃんに話しかける生徒はいない。

 安心しきった俺は机に身体を突っ伏しながら睡眠モードへと移行。

 しかし、上からの強い衝撃により睡眠モードは強制解除されてしまった。

 もちろん強制解除したのは言うまでもなく──

「痛っ! なんだよ……勇」

「おい、卓真! こ、これ見ろよ」

 焦りながら勇が差し出したのは一枚のプリント。どうやら、今配られたものらしい。

 てか、何で焦ってんだ? こいつ?


「は〜? 何だよ?」


「ほら。これやばいんじゃねーの?」

 勇の手からプリントを受け取り、羅列された文字を読んでいく。

「……え!? これって……」

 そのプリントには数日後に行われる一泊二日の林間学校について書かれていた。



2008年1月2日 公開







何か一言あればどうぞ。拍手だけでも送れます。
一言送って下さった方には、後日ブログで返信いたします。






          

inserted by FC2 system