キオク

第四話 衝撃的な一言


 集中治療室前の廊下にある椅子に腰掛ける俺。

 手術中と表示されたライトは未だに赤々と点灯している。

「くそっ! 何でこんなことに!」

 俺は怒りが抑えきれず、壁に向かって拳を思いっきり打ち付ける。手に痛烈な痛みが走ったが、それところで

はなかった。


 あの後、香奈ちゃんはトラックに接触し跳ね飛ばされて激しく頭部と身体を地面に打ち付けた。周りにはまも

なく警察、救急車が駆けつけ、俺は付き添いのため香奈ちゃんを乗せた救急車に同乗する。


 そして、今に至るわけだ。

「俺が……」

 しばらくすると、こちらの方へ誰かが走りながらやってきた。

「香奈っ! 香奈はどこ」

 パニック状態に落ちいっている一人の女性。

 見た目は若く、香奈ちゃんの風貌によく似ている。乱れかかる女性の長い髪と服。その姿から急いでこちらへ

向かってきたことがうかがえた。


「き、君は?」

 女性がこちらに近づいて尋ねてくる。

「あ、俺は香奈ちゃんと同じクラスの星川卓真っていいます」

「か、香奈は?」

 俺は黙ったまま集中治療室に目を向ける。

 その意味を察知したのかその女性は俺の隣に腰を下ろす。女性はただ何も言わず手を組んで祈っていた。



 何時間待っただろうか。俺はその時間すら分からない。一分が一時間のように長く永遠に感じられるように。

 その時、手術中のランプが消えた。扉が開き、中から主治医が出てくる。

「香奈はっ!?」


 すがさす女性は医者に詰め寄った。

「大丈夫です。幸い打ち所が良かったらしく大事には至らなかったです。これならすぐに直るでしょう」

 その言葉を聞いて俺はとりあえず安心した。

 良かった……命に別状がなくて……

 女性の方も肩をおろしている。

「でも、右腕と左足を骨折していますので治療が必要ですね」

「そうですか……」

「いま病室に運びますので」

 担架に乗せられた香奈ちゃんは病室へと運ばれていった。 



 704号室。ここが香奈ちゃんの病室である。

 この沈黙で包まれた病室には、未だ眠ったままの香奈ちゃん、先ほどの女性、そして俺の三人がいる。

 俺は全身を包帯で包まれた香奈ちゃんの変わり果てた姿をただ黙って見つめていた。

 そんな時、女性がついに沈黙を破った。

「……あなたが香奈を助けてくれたの?」

 女性はそう訊いてくる。

「……え? い、いや、助けたってほどではないですよ……実際に助けられたわけではないですし」

 いきなり声をかけられたため、俺は戸惑ってしまう。

「でも、あなたが救急車呼んでくれたんでしょう?」

「あ、そうですね。とにかく緊急事態だったんで」

 かなり焦ったけどね。119番通報した時に何喋ったか全然覚えてないし。

「でも、よかったですね。命に別状がなくて」

「うん。そうだね。香奈にもしもの事があったらどうしようかと思ってた……」

 少し寂しげな表情を顔に浮かべる女性。

 何か本当に香奈ちゃんそっくりだなぁ。……そういえばこの人誰なんだろ? 聞いてみるか。

「そういえば、あなたは誰ですか……?」

「え、わ、私? 私は西原里奈(にしはらりな)。香奈の姉だよ」

「え! 香奈ちゃんのおねーさん!?」

「うん」

 香奈ちゃんにおねーさんいたんだ……知らなかったよ。香奈ちゃん家族の事とか全然教えてくれなかったし

なぁ……


 そんな事を考えている俺の顔を里奈さんがのぞいてくる。

「えっと、星川くんだっけ? ……もしかして、君が香奈の彼氏だったりする?」

「えっ!? あ!? えっと」

 俺は、里奈さんに核心を突かれたせいか妙に焦ってしまう。

 まぁ、実際香奈ちゃんの彼氏なんだけどさ。

「香奈さ。最近、元気になってきてたんだよね」

 固かった表情を少し和らげて喋りだす里奈さん。

 ……元気になってきた? 俺的にはいつも元気そうなイメージがあるんだけど。

「何か家でさ……彼氏の話ばっかりするんだ」

 彼氏って……俺の事か。てことは俺の話ばっかりするってこと!? うれしー!

「今までと別人にみたいな感じがする。昔なんて──」

 と、その時──

「う……ん……」

 かすかなうめき声。

 直後、香奈ちゃんの瞼がゆっくりと動き出す。

「香奈っ!」

 香奈ちゃんの手を両手でしっかりと握りこむ里奈さん。

 やっぱり相当心配してたんだ。俺も手を握りたい…ってこんな時に何考えてんだよ! 俺!

「わ、私は……?」

 完全に意識を取り戻した香奈ちゃん。目をぱちくりとさせ、きょろきょろ周りを見渡す。

 どうやら今の状況をまだ理解できていないようだ。

「よかったぁ〜香奈! なんともない?」

 里奈さんが香奈ちゃんの両肩に手を置き無事を確かめる。

 その時だった──

「え、えっと……だ、誰ですか?」

「えっ?」

 衝撃的な一言。

 場の空気が一瞬にして凍りつく。

 もちろん最初は香奈ちゃんの冗談かと思ったけど……

「な、何言ってるの? 私! 里奈よ」

 里奈さんがはっきりした口調で香奈ちゃんにそう言い聞かせる。

「里奈……だ、誰? わ、分からないよ……」

 しかし、香奈ちゃんは弱弱しい声を口から漏らし苦しみながら頭を抱え込む。

「お、思い出せない……う……」

「香奈っ!!」

 そんな香奈ちゃんの肩を強く握り締め、我を忘れたかのように揺さぶる里奈さん。表情はだんだんこわばった

ものに変わっていく。


「里奈さん!」

 その光景を見るのがたまらなくなった俺は荒れ狂った里奈さんに一喝する。

「あ、ご、ごめん……」

 里奈さんは香奈ちゃんの肩からゆっくりと手を放す。

 そして、病室は再び沈黙に包まれた。

 こ、これってもしかして……き、記憶喪失?

 いや、まさかね……そんなの認めたくないよ。

 だって、認めてしまったら……今までの香奈ちゃんとの思い出が……なかったことに……

 俺は香奈ちゃんの俯く姿を見ながらそんなことを考えていた。



2007年7月11日 公開







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