キオク

第三話 悲劇の始まり


 あれから一ヶ月──



 手にぬくもりを感じる……

 俺の手には香奈ちゃんの女の子らしい華奢な手。

 相変わらず俺は香奈ちゃんと一緒に下校していた。

 毎日こうして手を繋いで。もちろん慣れてはいないけどね。

 因みにあの日以降、勇とは一緒に帰っていない。

「あ〜そういえば〜!」

 香奈ちゃんは何かを思い出したのか声を上げる。

「どうしたの?」

 俺は気になったので訊いてみた。

「今日で付き合って一ヶ月だね〜」

「あ、そういえばそうだね」

 あのバツゲーム告白事件からもう一ヶ月も経つのか。なんか時が経つのは早いもんだな。

「んじゃあ、記念にどこかで食事していかない?」

「え、食事?」

 マジですか? 香奈ちゃんとお食事ですか? うわ、うれしいし! 

「うん、割り勘でいいかな?」

「あ、う、うん」

 俺はおごってやると言ってかっこよく決めてやりたかったが、財布がクソ寒い北極状態だという事を思い出し

たので口をつぐんだ。


「んじゃあ、どこで食事する?」

「う〜ん……どうしようか?」

 顎に手をあてながら俺は考える。

 やっぱり、少し高いところがいいのかな? でも金ないしなぁ……ファーストフードとかじゃ失礼だしな。

 と、いろいろ考えている中、香奈ちゃんが

「それじゃあ、あそこは?」

「あそこって……」

 香奈ちゃんが指差したのはごく普通のファミリーレストラン。何とも庶民的だ。

「いいの? ファミレスなんかで?」

 俺は確認のため一応訊いてみる。

 こういう時ってもうちょっと小洒落た店の方がいいと思うんだけど。

「いぃ〜のっ!! とにかく行こ!」

 そんな問いかけを軽く流して手を引っ張る香奈ちゃん。

「う、うん!」

 俺は香奈ちゃんに手を引かれて、ファミリーレストランのドアをくぐった。



「それじゃあ私……この厚焼きハンバーグにする〜!」

 香奈ちゃんはニコニコしながらメニューの厚焼きハンバーグを指差す。

 値段は1080円とボリュームたっぷりでカロリーも半端なく高い。

 香奈ちゃんっあんまりてカロリーとか気にしないのかなぁ?

「んじゃあ、俺もそれにしようかな」

 まぁ、今かなり腹減ってるし。こんぐらいボリュームあってもいいかな?

「あはは、私のまねだ!」

 そう、子供のように笑いかける香奈ちゃん。

 ……可愛い。

「いや、真似したってわけでも」

「……卓真君って何か面白いよね」


 ふと、香奈ちゃんがいつもとは違う真剣な面持ちでそう呟いた。

「えっ?」

 俺はいきなりの言葉に戸惑ってしまう。

 な、何だ?

「それに、私のわがままにいつも付き合ってくれてるし……」

 わがまま?

 あ、そういえば時々香奈ちゃんに連れられていろんなところ行ったっけ。俺からは誘ったことないんだよなぁ。

というかそんな勇気がないし。でも、誘って遊園地とか行きてー!

 そんな思考をめぐらせている間にも香奈ちゃんの話は続く。

「そう、あの時も私を助けてくれた……」

 あの時?

「あの時って?」

 意味がわからなかったので訊いてみる。

「忘れちゃったの!? ……お守りなくしたときだよ」

 お守りなくした時って……もしかしてゲームセンターに行った時のこと!?



 それは、二週間ほど前の話──


 俺が香奈ちゃんに連れられてゲームセンターへ行った帰りのこと。

「あれ〜? お守りどこにしまったっけぇ?」

 スカートのポッケやらスクールバックやらに手を突っ込み何かを探している香奈ちゃん。

「どうしたの?」

 そのあわてた行動が気になり俺は訊いてみる。

「お守りなくしちゃったかも……」

 そう言った香奈ちゃんは目をうるうるさせながら今にも泣きそうな顔をしている。

 やばい! かわいすぎる!

 ……ってそれどころじゃない!

「え! それって大切なものなんだよね?」

「うん……」

 香奈ちゃんは徐々に元気がなくなっていきやがてうつむいてしまった。

 いつもの香奈ちゃんとはまるで正反対だ。何か見てらんないよ。よし、ここは──

「大丈夫! 俺が探してあげるよ」

「えっ!? で、でもどこに落としたかもわからないんだよ?」

「来た道を引き返せば見つかるって!」

 そう言って俺は踵を返す。

 香奈ちゃんを悲しませたくない。悲しんでいる姿を見たくない。だから絶対見つける!

 俺はそう心に誓った。

 それから三時間。

 通った道を隅々まで探したがお守りは一向に見つからない。

「もういいよ! 諦めるから!」

「ダメだよ! 香奈ちゃんの宝物なんでしょ!」

 諦めようとは決してしない俺。

 諦めるものか! 諦めてなるものか!

「でも……」

「俺は探すよ! 香奈ちゃんの悲しい顔なんて見てられないよ!」

 ついに言ってやったぞ! 俺の想い!

「たくまくん……」

 瞳を潤ませながらそう呟いた香奈ちゃん。

 その瞳に目もくれず俺はいろいろなところを覗き込んでお守りを探し続ける。

 そしてしゃがみこんで草の茂みを掻き分けたとき、太陽の光に当たってか何かがかすかに光り輝いた。


「もしかして……」

 俺はすぐさま茂みの奥へと手を伸ばす。そこには──

「あっ! これ!」

 掴んだ物はきらきら光るカラフルなお守り。香奈ちゃんに見せてもらったものと同じものだ。きっとこれに違

いない。


「あ、お守り……」

 俺はゆっくり立ち上がりそのお守りの汚れを軽く払って香奈ちゃんに渡す。

「はい! もうなくさないでね」

「あ、ありがとう」

 香奈ちゃんは照れながらもそう俺にお礼を言ってくれた。

 今まで見たことのない満面の笑みを浮かべながら。 



「あの時、私のためにあんなに必死になってお守りを探してくれてうれしかったんだ」

 照れながらそう言葉を放つ香奈ちゃん。少し顔を赤らめている。

 香奈ちゃんあの時の事そんなに感謝してたんだ……

「実は今まで、君を試してたんだよね……ごめんね」

「あ、うん、大丈夫だよ」

 やっぱり騙してたんだ。まぁ、普通に気付いてたけど。

「私……決めたよ! 君となら上手くやっていけると思う」

「えっ?」

 上手くやっていける? それってつまり……

「このままずっと付き合ってね♪」

 にこやかな笑顔を俺に向けてくる香奈ちゃん。

 やっぱりー! 正式に交際ですかー! 何か焦っちゃうよ。

「お、俺なんかでよければ……」

 俺はしどろもどろにそう発する。

 もちろん! と言いたい衝動に駆られたけど、香奈ちゃんを目の前にそんなこと言えませんよ。恥ずかしいし。

やっぱり控えめな俺。


「ふふっ。そんな控えめなところも好きだよ」

 と、言って香奈ちゃんは席を立ち上がる。

 好きだって! めっちゃうれしい。

 心の中でひそかに小躍りしている俺。

「ほら、会計済ましちゃおうよ!」

「あ、う、うん!」

 俺は急いで立ち上がり、香奈ちゃんの後を追っていった。



「それじゃあ、ここでお別れだね」

 何の変哲もない大きな交差点。赤青黄色の光が輝く中、車と人々が絶え間なく行き来している。

 帰り道がそれぞれ違うから香奈ちゃんとはここでお別れだ。

「うん。そうだね」

「また明日ね!」

 香奈ちゃんは笑顔でそう元気よく言う。

「うん。また明日」

 そう言って俺は香奈ちゃんに笑顔を見せるが、その笑顔はすぐに消えた。この心のもやもやのせいだ。

「どうしたの?」

 うつむき気味の俺の顔をのぞきこんでくる香奈ちゃん。香奈ちゃんの顔がキスできるほど近くに接近する。

 くりくりした可愛らしい瞳。お肉のようにやわらかそうな唇。風に揺れさらさらと靡く黒髪。

 そんな魅力的な香奈ちゃんにもちろん驚かないわけはなく……

「うわっ!」

 び、びっくりした〜! 香奈ちゃんのかわいい顔が目の前にあるんだもん。何か初めて近くで見たなぁ。

「え! な、なに?」

「い、いや、なんでもないよ」

 香奈ちゃんの顔が目の前にあって焦ったなんて言えないよ。なんかからかわれそうだし。

「それでさ……ほんとに俺なんかでいいの?」

 そんな質問をぶつけてしまった俺。

 まだ心の奥で引っかかっている事がある。それは俺とこの娘は本当につりあうのかって事。

「何、今更言ってるの? 私、君のことが好きなんだよ?」

 そう言って目を潤ませながら顔を近づけてくる香奈ちゃん。

 何!? その破壊力抜群の表情!? 今の俺じゃ絶対勝てないよ……

「ご、ごめんね! 変な質問しちゃって」

 くだらない質問をしてしまったため罪悪感を覚えた俺。焦りながら香奈ちゃんに謝る。

「いいっていいって〜! それじゃあ、もう行くね!」

 にこやかにそう言って手を軽く振る。俺も香奈ちゃんに手を振り返す。

「うん! 気をつけてね」

「は〜い」

 返事をして香奈は横断歩道を小走りで走っていく。

「なんだか凄い事になっちゃったな……」

 俺が香奈ちゃんと正式に付き合うことになるとは。

 これは現実なのかな? 

 まぁ、心のもやもやが消えてよかったよ。

 ふいに遠くへ見える香奈ちゃんに目をやる。

 その時──

 トラックが赤信号を無視して横断歩道に突っ込んでくる。スピードも結構出ている。このままだと香奈ちゃん

が……


「か、香奈ちゃん! 危ないっ!」

 俺は走りながら無意識のうちに叫んでいた。香奈ちゃんを助けたい一心で。

「えっ?」

 しかし、香奈ちゃんが目の前のトラックに気付いた時にはもうすでに遅かった。



 香奈ちゃんは──事故に巻き込まれた。



2007年6月28日 公開







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