キオク

第五話 記憶喪失


「香奈ちゃん。俺のことわかる?」

 そう聞く俺に対して香奈ちゃんは俯きながら首を横に振る。

 やはり記憶喪失なのか?

 俺の頭の中にはそんな不安ばかりがよぎっていた。

「これは……記憶喪失かもしれませんね」

 香奈ちゃんの担当医が俺達二人にそう告げる。

 不安は見事に的中。こんなことが当たってもうれしくもなんともない。

「記憶喪失……ですか?」

 里奈さんは不安そうに担当医に尋ねる。

「はい。まだ、はっきりと断定は出来ませんがおそらく……」

 香奈ちゃんが記憶喪失……そ、そんな……

「とりあえず明日、詳しく検査をしてみます」

「は、はい。お願いします」

「それでは」

 そう言って、担当医は香奈ちゃんの病室を立ち去っていく。

 そして、再び病室を沈黙が包んだ。少し落ち着きを取り戻した香奈ちゃんはじっと窓の外を眺めている。

 その姿を見ている俺に里奈さんが声をかけてきた。

「……星川君。ちょっといいかな?」

「……え、はい」

 俺は里奈さんに連れられ香奈ちゃんの病室を出た。



 廊下を数歩歩いたところで里奈さんは足を止める。

 そして、俺の方を振り向いた。

「ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって……」

 申し訳そうに謝罪する里奈さん。やはり表情はどこかさえない。

「香奈の事は心配しなくてもいいよ。私が何とかするから」

 この問題を一人で抱え込もうとする里奈さん。

 おそらく不安になっている俺に対しての考慮だろう。

 確かに不安だ。香奈ちゃんが俺の事を完全に忘れてしまったかと思うといたたまれない。

 でも、俺は里奈さんが一人で抱え込むという選択に納得がいかなかった。

「そんなのダメです!」

 里奈さんに向かって強く言い放つ。

「僕にだって彼氏として出来る事があるはずです! だから協力します! 一人で抱え込まないで下さい!」

 俺は真剣なまなざしで里奈さんにそう告げる。

 不安よりも協力したいという想いの方が強かった。

「……ありがと」

 軽くそうお礼をいう里奈さん。なんとなく表情が軽くなっているような気がする。

 その直後、里奈さんはかすかに笑った。

「……ふふっ。やっぱり、星川君は香奈の彼氏だったんだ」

「えっ……? あっ!」

 しまった! 自分で暴露しちゃった!

 まぁ、ばれたところで何の問題もないからいいか。

「……香奈が星川君を好きになった理由も分かる気がする」

 里奈さんが優しい口調でそう喋る。

 な、何か急に恥ずかしくなってきたぞ。や、やばい! か、帰ろう。

「え、えと、も、もう帰りますね。あ、明日も来ます」

 かなり焦りすぎだし。

「うん。待ってるね」

「そ、それじゃあ」

 そう里奈さんに別れを告げ、俺は病院を後にした。



 その後、俺は急いで家に帰り自屋にあるノートパソコンを立ち上げた。

 リビングから「食事出来たわよー」と母さんの声が聞こえてくるが無視をする。

 はっきり言ってメシどころではない。

 俺は記憶喪失について調べなければいけないんだ。里奈さんに協力するからには出来るだけ多くの情報を集め

ないと。




 全生活史健忘。一般的に記憶喪失と呼ばれているもの。

 発病以前のすべての自分に関する記憶がまったく思い出せない状態だそうだ。

 おそらく香奈ちゃんはこの病気にかかったのだろう。

 多くの原因は心因性(心的外傷やストレス)らしいが稀に頭部外傷をきっかけに発病する事もあるらしい。

 香奈ちゃんは事故で頭部を激しく打ち付けている。つまり原因は後者の可能性が高いな。いや、それしか考え

られない。


 そしてこの病気は発病後、だんだん記憶が戻っていく事が多いらしい。

 ということは、香奈ちゃんの記憶は戻るかもしれない。でも、そうとも限らないし……

「ふぅ……難しいもんだな」

 俺はパソコンから目を離し天井を見上げる。

 香奈ちゃん……やっぱり俺の事忘れちゃったのかな……だとしたら悲しいな……

 俺は、パソコンの電源を切り椅子から立ちあがりそのままベッドへと横たわる。

 こんなことが起きたためかメシを食う気にもならなかった。

 そして、急に眠気が襲ってくる。

 今日はいろいろあったから疲れてるんだな……寝るか。

 俺は眼を閉じそのまま深い眠りについた。



「あのね……明日から一緒に遊べなくなっちゃうの……」

「えっ? どうしてぇ?」

 僕は目を丸くして、少女に聞き返した。

「お家、引っ越しちゃうんだって……」

 少女は俯きながら悲しそうにそう告げる。

「そ、それじゃあ、しょうがないよね……」

 多分、おとなのじじょうってやつかな? なんか寂しいなぁ……

「で、でも、私、これもってるから大丈夫だよ!」

 そう言って少女はポケットからあるものを取り出した。

 それは僕にも見覚えがあるもの。

「それって……僕があげたお守り」

 そう、それはまさしくあのきらびやかで小さなお守り。太陽の光が当たり、いつも以上の輝きを放っていた。

「うん! これ、私のお守りにするね」

 微笑みながら大切そうにお守りをしまおうとする少女。

 そこで僕はあることを思い出した。

「あ、そ、そうだ! ちょっと、お守り貸して!」

「え? うん……いいけど」

 少女の手から僕はお守りを受け取り、その中身をあざくりだした。

 そしてお守りから取り出したものは──

「ほらこれ!」

 僕の手のひらの中には小さな青色のビー玉が二つ。

 光が差し込んでブルーの輝きがよりいっそう引き立つ。

「わっ! きれいなビー玉」

 目を輝かせながらそのビー玉を見つめる少女。

「実はこの中にね、僕の宝物のビー玉入れてたんだ。一つあげるね」

 そう言って僕はお守りの中にビー玉を一つ戻す。

「このビー玉を僕の代わりだと思ってよ。僕もう一個の方大事に持ってるから! これで僕たちはいつも一緒だ

よ!」


 そして、僕はお守りを少女の手のひらに乗せる。

「……うん! ありがと」

 少女は顔を赤らめながらお礼を言って、お守りを強く握り締めた。



 う……ん……

 かすかに光が差し込んでくる。

「うっ……」

 目を開くとそこには何の変哲もない自室の天井。小鳥のさえずりが耳の奥に響いてくる。

「朝か……」

 時計の針は五時を指している。まだ起きるのにはちょっと早い時間だった。

 しかし……またあの夢だ。

 あの男の子と女の子は一体誰なんだろう?

 そして、お守りとビー玉……

 ……お守り?

 そういえばあのお守り、香奈ちゃんの持っていたやつと似てたな。

 まさかあの娘が香奈ちゃん?

 でも……

「正夢ってことはありえないよなぁ〜」

 俺はその考えを否定して、顔を洗うため自室を後にした。



2007年7月16日 公開







何か一言あればどうぞ。拍手だけでも送れます。
一言送って下さった方には、後日ブログで返信いたします。






          

inserted by FC2 system