キオク

第二話 理由



 放課後──



「お〜い! 卓真! かえろ〜ぜ!」

 勇は帰り仕度を終えたらしく、いつもの陽気な声で誘ってくる。

「あぁ〜そうだな。どっか寄っていくか?」

「もちろんだとも!」

 僕らは授業が終わり放課後になると、毎日決まって街に繰り出し、テキトーに寄り道をしながら帰路に

つく。日課というよりも義務に近いものがあるのだ。これがなくては一日を締められない。

「今日はカラオケにするか? それともゲーセン?」

 娯楽の王道であるカラオケとゲームセンターの二択で訊いてくる勇。

 男二人でのカラオケというのも何か虚しいものがあるな。ならばゲームセンターの方がいいだろう。最

近設置された、新作ゲームも気になるところだし。

「んじゃ、ゲーセ──」

 と勇に返そうとするが──

「た〜くま!」

 僕の返答は、背後から矢の如く飛んできた声に掻き消された。

 声の主は僕の知る限り、あの娘しかいない。

「一緒に帰ろ!」

 振り向くと、つい先程僕の恋人?に昇格した香奈ちゃんこと西原香奈がいた。いつ眺めても、非の打ち

どころのない可愛さがある。

 しかし、何故僕の呼び方が変わっているのだろうか。いや、それどころじゃない。さっきの事件の真相を

聞かなくては。俺と付き合うなんて冗談か罰ゲーム以外にありえない。

「あのさぁ……さっきのって……冗談だよね? それとも罰ゲームか何かなの?」

 頼む! 冗談、それか罰ゲームって言ってくれ!

「何言ってるのさ。私、冗談なんて言わないし。それに罰ゲームで付き合ったりもしないよ」

 返された言葉にあっさりと裏切られ、僕は唖然とする。やはり恋人になるという話は本当だったらしい。

 直後、香奈ちゃんが女の子らしい華奢な腕を絡めてきた。加えて仄かな甘い香りが鼻を刺激して、僕の

魂をお花畑へと誘い込む。まるで恋人のような振る舞いだ。いや……恋人なんだけど。

「あ、あの! 腕が!」

「え? 付き合ってるなら、このくらい普通するでしょ?」

 完全に腕を組んだ体制になった。傍から見れば正真正銘のカップルであろう。

 そんな戯れる男女を視界に映しながら、勇は教室の引き戸に手を掛けた。

「んじゃ、何か俺お邪魔みたいだから帰るわ……」

「おい! 勇! ちょっと待てって!」

 助けてくれ、まだ心の準備ができてないんだ。僕にはこの娘とのデートは早すぎるんだよ!

 しかし呼び止めも空しく、勇は肩を沈ませながら教室を後にした。

 肝心な時に救いの手を差し伸べてくれない勇には、心から絶望した。って、そんなこと考えている場合

かよ。

「んじゃあ、私達も行こっか!」

 腕を組んだ状態で、移動を促す香奈ちゃん。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「え? どしたの?」

 香奈ちゃんを制止する僕に対し、不思議そうな形相で訊いてくる。瞳に愛くるしい少女の素顔が映る為

か、緊張と高揚で言葉が詰まった。

 やっぱり可愛い。いや、それどころじゃないんだって。兎に角、いきなり放課後デートなんて絶対無理だ。

何とかして断らないと。

「えっと……その……」

「な〜に?」

 まじまじと無垢な瞳で、僕を覗き込んでくる香奈ちゃん。可愛げな表情で見つめられると何故か断りづ

らい。

 結局、僕の口から拒否発言は出なかった。

「もう〜 ほら! 行こう!」

 痺れを切らした香奈ちゃんは、組んでいる腕を強引に引っ張っていく。



 教室を抜け出した僕達は、腕を組みながら廊下を歩く。無論、周りからは痛い視線が飛んでくる。加え

てひそひそとした小声で、僕に対しての嫌味らしきものも聞こえてくる。

 こんな状況に陥ったのは生涯で初めてだ。本当に恥ずかしいことこの上ない。

「か、香奈ちゃん……」

「なに?」

「あのさ、腕組むのやめない?」

 ただでさえ拙いのに、放課後の人が集まる廊下地帯で腕を組んで歩くのはもっと拙い。今すぐ辞めるよ

うにと、僕の心の中では警鐘が鳴らされている。

「嫌なの?」

 希望を失ったような曇る表情で、訊き返してくる香奈ちゃん。

 そんな顔をして訊き返さないでほしい。嫌なはずないけど、この生き地獄みたいな状況が耐えられない

だけなんだ。

「ちょっと暑苦しいかなぁ〜って……」

「何言ってんの〜! このくらいがちょうどいいよ!」

 そう言って、腕を先程以上にぎゅっと強く絡ませてくる。更に顔までが接近し、強制的に頬を紅潮せざる

を得ない。思いつきで飛び出した曖昧な言い訳が、逆効果を生んでしまった。

「でも……」

「はい! この話はもうおしまい! でさ〜」

 結局、腕が解かれずに歩を進める。恥ずかしさは増す一方で、何故か拘束されている気分に陥った。

「……どしたの?」

「え、えっと……な、何で俺と付き合おうと思ったの?」

 やべぇ。ついつい変な質問しちゃったよ。

「聞きたい?」

 破顔を振り撒きながら、疑問系で問う香奈ちゃん。

 勿論、聞きたいね。交際している事自体夢のようなので。

 そんなわけで微妙な空気を避ける為、一先ず訊いてみることにした。

「う、うん。ちょっと気になるかな」

「そっか。えっとね、君なら私を楽しませてくれそうかなと思って〜」

「楽しませる?」

 どういう意図かさっぱりわからない。僕には話術豊富なタレント性もなければ、芸人のような笑いのセン

スもない。

 続けて香奈ちゃんは、少々寂しげな表情を浮かべながら言葉を放つ。

「私、今までいろんな人と付き合ったんだけど、どの人も自分勝手で私のことなんか全然考えてくれなか

ったんだ。体目当てだった人もいたし……」

 更に香奈ちゃんは語る。

「でも、君って優しいじゃん。誰にでも手助けしてあげてるし……」

 そして香奈ちゃんは、天使のような満面の笑みを見せた。

 そうなのかな? 確かに、皆にはお人良しってよく言われるけど。

「だから卓真なら、私の事を大事にしてくれるかなぁと思って付き合ってみたの」

「そうだったんだ……」

 交際へ踏み切った経緯を聞けて、何となく良かったかも。何も知らずに付き合うよりは幾分マシだと思

う。

 暫く歩くと、香奈ちゃんのブレザーのポケットから何かが零れ落ちた。

 咄嗟に床に落ちた物体を拾ってみる。それは繊細な輝きを放出する綺麗なお守りだった。お守りは

少々膨らんでいて、中には何やら固い物体が入っているようである。

「これって……お守り!?」

「あ、うん……私の初恋の人からもらったんだ」

 頬を赤くして照れながら答える香奈ちゃん。

「初恋の人!?」

 中学生の時なのか、小学生の時なのか、はたまた園児の時なのか、香奈ちゃんの初恋については凄く

気になるけど、勇気がこれっぽっちもないから訊けるはずもない。僕、根性なさ過ぎだし。

「名前も知らない人なんだけどね。私を助けてくれたんだ」

「へぇ〜。あ、これ」

 名前も知らない人という一言に疑問を抱きながら、掌に握ったお守りを渡す。

「ありがと!」

 丁寧にお守りを受け取ると、香奈ちゃんは幸せ絶好調な微笑みを飛ばす。

 やっぱりめちゃくちゃ可愛い。今までそう何度思ったことか。

「ほ〜ら! 早く行こっ!」

「え、あ、う、うん!」

 この時、僕の記憶の片隅で何かが引っかかっていた。さっきの煌めくお守りを、どこか記憶の奥底で見

たことあるような気がしたからだ。でも、その時は大して気にもしなかった。



2007年6月20日 公開




          

inserted by FC2 system