キオク

第十六話 大富豪大会



 時刻は夜十時半。

 もうすぐ消灯にもかかわらず、まだ勇はコテージに戻ってこない。

 おそらく春ちゃんに会うために粘っているか、何かやらかしたかな。

「ただいま……」

 コテージの扉が開き、タイミングよく勇が帰ってくる。そして、落胆の表情を浮かべため息を漏らす。

 すぐにこれは宜しくない結果だったと感づいた。まぁ、聞かないけど。

「ダメでした……」

 次に勇は聞くつもりのなかった結果報告を始める。

 報告によると、春ちゃんのコテージに行ったはいいが他の生徒が勇を門前払い。春ちゃんもコテージか

ら出てくる事は無く、結果会うことが出来なかったらしい。

 まぁ、普段の春ちゃんの態度を見るからに、会ってくれるはずはない。そもそも、なぜこいつは嫌われて

いると分かっていながら無謀な事ばかりするのだろうか。

「というわけで、行くぞ! この際、香奈ちゃん達でもいいや」

 懲りずに今度は香奈ちゃん達のコテージに乗り込むつもりらしい。消灯時間が近いのに、まったく気に

していないあたりどうかと思う。こういう奴が学校の秩序を乱すんだろうな。

「もう、消灯時間だからダメだって」

「いやだ! 全然遊んでないんだぞ!」

 俺の注意を右から左に流して、聴く耳を持たない勇。馬鹿には何を言っても無駄だということか。

「……卓真だって香奈ちゃんに会いたいだろ?」

 間を置かず、勇は誘い文句を囁く。香奈ちゃんを餌にして俺を連れ出す作戦に出た模様。

 確かに本音を言えは会いたいけど、別に明日でも会えるわけだし何しろ電話だって出来る。だから、そ

こまで気は乗らない。

「香奈ちゃんのパジャマ姿が見れるぞ」

「……ジャージだろうが」

 真っ赤な嘘に引っかかるほど、俺は馬鹿じゃない。

 そもそも、林間学校の時にパジャマ着る奴がいるわけがないし。まぁ、香奈ちゃんのパジャマ姿は見た

いけどね。

「とにかく、いくぞ!」

 話がまったく進展しないためか、勇は俺の腕を強引に引っ張りだした。

 こいつの強さは知っている。抵抗しても力負けするわけで──

「おー! 卓真、やっと行く気になったか!」

「……これは強制だろ」

 一気に扉の前まで引きずられてしまった。

 力の強いものが権限を持つこんな世の中おかしい。誰かこいつを止めてくれ。

「金成は行くのか?」

「行かない!」

 勇の誘いに即、断りを入れる金成。

 そうだ。金成は千代田さんと約束をしたから、会いには行かないはず。さっきも断固拒否してたし。金成

が行かないのなら、俺も行かずに済むかもしれない。

「……千代田さんに会えるぞ! 楽しいゲームも一緒に出来るぞ!」

「行く!」

 が、勇の甘い誘いによりあっさり千代田さんとの約束を破った金成。千代田さんのために更生したと思

っていたのに、無駄な期待をしてしまった。

 こうして馬鹿二人を先陣に、香奈ちゃん達のコテージへ乗り込むことになった。



 屋外へ出ると予想通り、野山の暗闇が三人を包んだ。もちろん回りには生徒の姿は誰一人として確認

できず、大自然を象徴する静寂だけが漂っている。

「てか、香奈ちゃん達のコテージ分かるのか?」

「あぁ、ばっちりだ!」

 コテージの場所はすでに下調べ済みらしい。そういう所だけは何故か用意がいい。

 勇の案内に従い、闇の中を進む。もちろん他の人に見つからないようにひっそりと。

 やがて、香奈ちゃん達が宿泊するコテージへと到着。まだ消灯時間には少し早いため、窓からは明か

りが漏れている。

「よし、まだ起きてるな」

 勇がコテージの扉を軽くノック。数秒後、扉が開く。

 眩い光と共に、中から顔を出したのは千代田さん。

「あれ? 三人揃ってどうしたの?」

「今から遊ばない?」

「ダメだって……ばれたらどうするの?」

「いいって! ちょっとだけだし」

 千代田さんは班のリーダーらしく適切な注意をするが、勇はお構いなしにコテージに突入。本当にわが

ままで勝手すぎる奴だな。勇にはもう少し大人になってほしい。

「あれ? 勇君、どうしたの?」

「あー! 馬鹿勇! 何しに来たのよ!」

 突如、乱入してきた勇に対し右からは驚きの声、左からは文句が飛んでくる。

「まぁ、そう言うなって。皆で大富豪やろうぜ!」

 宥めの言葉を発し、ポケットからトランプの束を取り出す。勇の遊びとはカードゲームの事だったらし

い。

 そして勝手に荷物をどかして、六人が囲んで座れるほどのスペースを作った。

 仕方ないので、勇の遊びに付き合ってあげることに。このささやかな優しさをちゃんと本人に分かっても

らいたい。

「香奈ちゃん、大富豪わかる?」

「うん。でも、最近覚えたばっかりだし苦手かな……」

 俺がそう聞くと、香奈ちゃんは不安そうにぽつりと呟く。

 初心者ってわけか。とりあえず香奈ちゃんが負けないように仕向けないと。

「糞女には負ける気がしない……」

 隣では拳を握り締めて、闘志を燃やす勇。さり気なく悪口も添える。

「ちょっと! それってあたしの事!?」

「もちろんだ! お前なんかカスだ、カス!」

「も〜! 絶対勝ってやるんだから!」

 一人限定に喧嘩の大売りを始める勇、そしてその喧嘩を大量買いする里桜ちゃん。いつも通りで突っ

込む気にもならない。

 そんな険悪ムードが漂う中、大富豪大会は幕を開ける。

 まずは先陣を切ったのは勇。カードをどんどん削っていく。

 手札が強かったためかすぐにカードは消化され、残るカードは二枚に。この速さ、かなり気合を入れて

いるな。

「これでとどめだ!」

 バトルアニメにありきたりな臭い決め台詞を吐く。手札から飛び出したカードはスペードの2だ。

 しかし──

「残念」

 とどめになるはずのカードの上に、ジョーカーがはらりと落ちる。

 ジョーカーを出したのは──

「……糞女……邪魔しやがって!」

 勇の勝利を直前で阻む里桜ちゃん。

「それじゃあ……」

 里桜ちゃんが次に出したのは、四枚の同じ数字のカード。そう、つまりは革命を起こしたのだ。

「なっ!?」

 予想外の展開に、勝ちを確信していた勇の顔が一気に歪む。

「後は……8切りして上がり!」

 続けざまに8のカードと4のカードを出して、見事に里桜ちゃんが勝利を飾った。

 そして、その勝利に便乗するかのように他の人も次々と上がっていく。対する勇は手札が一枚しかない

にもかかわらず、なかなかカードを出せない。

「あ、私も上がり」

 最後に香奈ちゃんがクローバーの7で上がり、試合終了。

 勇の手に握られたカードはハートのエース。そりゃあ、勝てるわけがない。勝利目前だったのに革命を

起こされるなんて、ほんと哀れな奴だな。初心者の香奈ちゃんにまで負けてるし。

 最下位になった勇の頭には、絶望という二文字の言葉が回遊中。

「こ、こんな奴に負けるはずがない! 糞女、もう一回勝負だ!」

 そして、今のゲーム内容がよっぽど不服だったのか再び挑戦状を叩きつける。

「あんたなんかに負けるわけがないでしょ! 望むところよ!」

 もちろん里桜ちゃんは人差し指を向け、挑戦状に受けて立つ。六人の戦いというより、むしろこの二人

の因縁試合といったところか。

 敗者の勇が豪快にカードを切り、素早く配る。

 そして、勇の挑戦状のもと第二回戦の火蓋が切って落とされた。

 先ほどとは打って変わり、慎重にゲームを進めいていく勇。坦々とカードを削り、残るカードは二枚に。

対する里桜ちゃんはというと、まだ四枚ほどのカードを手にしている。

「ふっふっふっ……さっきのお返しだ!」

 威勢のいい声を飛ばし、カードを叩き出す。

 出されたカードはジョーカー。勇は不適な笑みを里桜ちゃんに向ける。その表情は勝ちを確信してい

る。

 が──

「残念」

 里桜ちゃんが勇に見せたカードはまさかのスペードの3。

「あとは……キングのトリプルで上がり!」

 さらに投下されるハート、クローバー、ダイヤのキング。

 結果、里桜ちゃんがまたもや一番乗りで勝利。対に二連敗を記した勇。

「な、何故勝てないんだ……」

「そりゃそうだよ。里桜こう見えても大富豪得意なんだよ」

 横から素早く解説を入れる千代田さん。詳しく話を聞くと、里桜ちゃんは大富豪というよりこういったカー

ドゲーム全般が昔から得意らしく、右に出るものがいないとか。あの勇を負かすくらいだから実力的には

すごいものだと思う。里桜ちゃんにこんな特技があったなんて知らなかったな。

「う、嘘だ。こいつにそんなとりえがあるはずがない! こんな筋肉女なんかに!」

「誰が筋肉女よ!」

 直後、勇の顔面に鉄拳がめりこむ。余計な事、言わなきゃいいのに。

「く、まだまだ! 今度はウノで勝負だ!」

 ジャージのポケットから突き出したのはウノカードの束。ウノまで用意していたとは準備が良すぎる。

「ちょっと! もう時間やばいって」

 が、そこで待ったをかけたのは千代田さん。

 時計の針は十二時五分を指し示している。皆が大富豪に熱中している間に十一時の消灯時間から一

時間以上も経過していた。

 これくらいでお開きにしておかないと先生に見つかるかもしれない。もし見つかってしまえば……朝まで

説教は確実だ。

「私も眠いよ〜」

 脇では目を擦り、眠気を主張する香奈ちゃん。今日はいろいろあったから疲れているんだろう。

「そうよ! 早く寝ないといけないのよ、馬鹿勇!」

 そう里桜ちゃんが、千代田さんに便乗して注意を促しても──

「……逃げるのか? 糞女?」

 飛び出すのは予想通り、勇の得意技、喧嘩の大売り。

 もちろん沸点の低い里桜ちゃんが勇の誘いに乗らないわけもなく──

「わ、私が逃げるわけないでしょ!」

「それじゃあ、戦いの続きだ!」

「望むところよ! 表に出なさい!」

 闘争心剥き出しのまま、コテージを飛び出す二人。また勇の単純な誘いに乗っちゃって、あの二人のや

りとりを見ていると本当に馬鹿らしく思える。しかも、何でわざわざ見つかりやすい野外でやるんだろうか。

場所がないからとはいえ、もう少し考えた方がいい。

「……金成。戻るか」

「そうだな〜瑠奈さんに迷惑かかるし」

 呆れに呆れた俺達は、二人の頂上決戦に巻き込まれないよう帰る事にした。

「それじゃあね」

「卓真君。また明日」

 千代田さん、香奈ちゃんと軽く挨拶を交わし、辿った道を戻っていく。

 そして野外では二人限定のウノ大会が決行され、夜空には一晩中熱い怒声が響き渡った。

 この後、ばっちり先生達に見つかったのは言うまでもない。



2008年7月29日 公開




          

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