キオク

第十五話 本当の親友



 俺の胸に顔をうずくませながら泣きじゃくる香奈ちゃん。

 一通り事情は聞いた。どうやら香奈ちゃんの今までの言動により、記憶喪失ということが気付かれそう

になっているらしい。

 その話を聞き、俺はこう結論付けた。

「正直に話すしかないかな……」

 気付かれそうな以上、もうそれしか道は残っていない。下手に誤魔化すよりはマシだろう。

 しかし、当の香奈ちゃんは声を荒げて嫌がった。

「ダメだよ! あの二人は事情知らない人の中で初めて友達になれた人なんだよ!」

 涙を地面に零しながら俺に強く訴えかけてくる。その声からは悲哀がひしひしと伝わってくる。

「距離置かれたりするのが嫌なの……」

 対等に接する事が出来る友達を失いたくない。そんな想いが正直に話す事を拒んでいるのだ。

 香奈ちゃんにとってあの二人は本当の親友と呼べる存在。だから失いたくないのは当たり前。

 しかし、この状況で今の危機をどう乗り越えるべきなのか。考えても答えは出てこない。やはり正直に

話す他ないと思う。

 もちろんこの事を話せば二人は離れていくかもしれない。

 でも、そんな人が本当の親友と言えるのか。もし、仮にこの事を話したとしてもいつも通りに接してくれ

る人が本当の親友といえるのではないのだろうか。そもそも俺は里桜ちゃんと千代田さんがそんな簡

単に離れていく人物ではないと信じている。

「大丈夫。あの二人が香奈ちゃんから離れていくわけないよ。だから、正直に話そう」

「……分かった。しょうがないよね……」

 俺の思想を絡ませた説得により、ようやく分かってくれた香奈ちゃんは諦めたように頷く。

 もう後戻りは出来ない。

 全てを話そう。あの二人に。



 数分後、暗闇の向こうから人影が現れた。

 姿格好から把握する限り、里桜ちゃんと千代田さんに違いない。

 二人は俺達の存在に気付き、重い足取りのまま近づいてくる。

「あのさ……」

 口ごもる香奈ちゃん。恐怖を感じるのか肩が小刻みに震えている。

 それでももう決めたこと。勇気を振り絞り、記憶喪失について打ち明けようとする。

 が、しかし──

「香奈。いきなり変な事言ってごめんっ!」

 いきなり里桜ちゃんが頭を下げて謝りだした。突然の謝罪に香奈ちゃんと俺は驚きを隠せない。

 そして、里桜ちゃんはおもむろに口を開く。

「最近、香奈はちょっと変わった。それは紛れもない事実だけど……香奈は香奈なんじゃない?」

 どうやら二人は香奈ちゃんの何かが変化したことに気付いている。が、そんなことは関係ないらしい。

 何があっても香奈ちゃんは香奈ちゃん。それだけは変わらない事実。

 続けて千代田さんが自分の考えを切り出す。

「何で香奈が変わっちゃったのか詳しくは聞かないけど、それくらいで私達の香奈を見る目が変わるわけ

ないよ」

 よく考えてみると、記憶喪失になって香奈ちゃんの性格が変わった時もこの二人はいつも通り普通に接

してくれていた。そんな二人が離れていくはずがないのだ。

「香奈は控えめで優しい娘! それ以外に何もなし!」

 にこりと微笑みながら里桜ちゃんはそう言い切る。

 その笑顔を見て香奈ちゃんは一安心。自然と笑みがこぼれてくる。

 そして、感謝の言葉を囁く。

「……ありがとう」

 うん。いい表情だ。やっぱり香奈ちゃんには涙より笑顔が似合う。

「で、やっぱり卓真に会いに行ったんだ〜!」

「ち、違うよー!」

 重々しい空気を払拭するためか、里桜ちゃんはすぐにからかいモードへ移行。

 ようやくいつも通りの三人へ戻った。そして、仲良くバンガローへと帰っていく。



 この出来事により、香奈ちゃんと二人の絆が硬く強いことが照明された。

 これなら二人はこのままずっと親友でいてくれるだろう。

 何か気付かれた感じだけど、とりあえず香奈ちゃんが無事で良かった。

 ……親友っていいな。

「さて、俺も戻るか!」

 気分が良くなった俺は自分のバンガローへと軽快に足を進めた。



2008年7月12日 公開




          

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