キオク

第十七話 喧嘩するほど……



 清々しい森に淡い太陽の光が差し込み、林間学校二日目が幕を上げた。

 本日は林間学校のメインイベントであるオリエンテーリングが行われる。

 合計三つのチェックポイントを通過し、決められた目的地までの到着時刻を競う、単純なレクレーション

ゲームだそうだ。

 そして、一位から五位に入賞したグループには商品が出るのだが──

「お前のせいで、朝まで説教くらっちまったじゃねーか!」

「あんたが喧嘩売ってきたからでしょ!」

 今日も朝っぱらからミサイルを打ち込む勇と、機関銃で対抗する里桜ちゃん。

 連日戦争を勃発させるこの二人が班にいる以上、入賞は到底なさそうだ。

「これじゃあ、私達入賞は無理そう……」

「そ、そんなこと……そうだね……」

 班長の千代田さん、そして二人を庇おうとした香奈ちゃんまでもが、諦め気味。

 何でこのグループ、団結力がないんだろう……



 不安満載のまま始まったオリエンテーリング。

 問題児二名による戦争が未だに終結していないため、スタート地点から全然動けない。

「ちょっと! 二人ともいい加減にしなさい!」

 我慢しきれなくなった千代田さんはついに怒鳴り声を撒き散らす。

「だ、だってこいつが悪いんだもん!」

「お前の方が悪いだろ! デブズ!」

「な、う、うるさいっ! 馬鹿勇!」

 が、効果は全くと言っていいほどなく、戦いは依然として続く。

 二人の世界には、一生平和が訪れそうにない。

「だめだこりゃ……」

 醜い争いは無視することにして、オリエンテーリングの相談を開始。

「まず、どこに行けばいいんだっけ?」

 確認の為に、千代田さんは四つ折りになった地図を広げる。

「えっと……ここから北の方角に『振向山湖畔公園』って所があるんだけど、そこが第一チェックポイントだ

って」

 森での遭難の危険を考え、チェックポイントは分かりやすい場所に設置されているとのこと。

 そして、肝心の俺達グループの第一チェックポイント『振向山湖畔公園』。

 地図によれば、スタート地点北の林道を道なりに2km程進むとその公園に辿り着くらしい。

「えっと、この道でいいのかな?」

「そうみたい。それじゃあ行こうか」

 これからの段取りがまとまったところで、早速第一チェックポイントである『振向山湖畔公園』を目指すこ

とに。



 千代田さん指揮の下、地図とコンパスを頼りに林道をただひたすら歩く。

 しかし、進んでも進んでも到着する気配がない。

 地図を見る限り、もう着いていてもおかしくはないのだが──

「千代田さん。この道で合ってるわけ?」

「だ、大丈夫。合ってる筈よ」

 少々冷汗が垂れているように見えるけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 そんな心配の最中、林道が途切れ大きな広場のような場所に出た。

 しかし、湖畔公園の名に相応しいような湖はここから確認できない。

「ここって……振向山湖畔公園だよね?」

 ふと、林道脇に立てかけられた看板が瞳に映る。

 看板には大きな太文字で『振向山キャンプ場』と書かれていた。

 つまりここは『振向山キャンプ場』であって、第一チェックポイントの『振向山湖畔公園』ではない。

「あ、あれっ〜おかしいなぁ……」

 隣では地図との睨めっこを始める千代田さん。

 その時、最悪な結論が俺の頭の中で採決された。

「……もしかして千代田さん、方向音痴?」

「あはは……ちゃんと調べたとおりに進んできたつもりだったんだけどね……」

 なるほど。一向にチェックポイントに着かない理由がやっと分かった。

 千代田さんが料理下手だけじゃなく、方向音痴まで常備していたとは。

 それなら、最初から方向音痴ということを教えてほしかった。

「そんなおっちょこちょいな瑠奈さんも可愛いなぁ……」

 千代田さんの困惑気味の表情を伺おうと、後ろからいきなり姿を現す貧乏人こと財前金成。

 ていうか、今日一発目の発言がそれかい。

「まぁ、道は外れていないし、道なりに戻れは大丈夫だね」

 問題自体は大したことないが、大きく時間をロスしてしまった。これでは規定時間内にゴールへ着くこと

は難しい。

「時間もないことだし、早いとこ戻るか」

「そうだな。瑠奈さんの失敗を取り戻す為にも」

 別に商品目当てというわけではないが、どうせなら上位入賞をした方が気持ちとしては心地いいだろ

う。

 至急、元来た道を戻り始める六人。

 が、その最中更なる問題が起こる。

 何と里桜ちゃんが、大木から伸びる根っこに足を引っかけてしまったのだ。当然の如くバランスを失い、

前のめり体制で地面へと顔面を打ち付ける。

「だ、大丈夫!?」

 異変に気付き、共に駆け寄っていく千代田さんと香奈ちゃん。

「いったー……足挫いちゃったかも……」

 足首を押さえる里桜ちゃんからは、本当に痛々しい様子が伝わってくる。

 片や傍にいる勇は何もしない。それどころか里桜ちゃんに向かって、憎まれ口を叩く。

「へっ、ざまみろ!」

「勇……それはいくらなんでも酷くないか?」

「……な、何言ってんだよ。俺に逆らうからこうなるんだ。自業自得だろ」

 勇は偉そうに言葉を放ち悪ぶれる様子もない。

 が、一瞬ながら浮かべた焦りの色を、俺は見逃さなかった。

「……とか言いつつも、本当は心配なんだろ?」

「ばっ、ん、んなわけねーだろ!」

 動揺している様子を見る限り、俺の見解は正しかったようだ。

 仕方がないので、素直になれない友人を後押しすることにする。

「いいから、助けてやれよ」

「…………し、仕方ねーな」

 文句を吐きながら、ようやく重い腰を上げた。

 渋々、里桜ちゃんの元へ駆け寄る勇。

 そして──

「……ほら、乗れよ」

 里桜ちゃんの前にしゃがみこみ、後ろに腕を伸ばした。おんぶを促す体制だ。

 当然、世界がひっくり返ったような感覚に陥る里桜ちゃんはその善意を拒む。

「な、なによ……あんたの手助けなんて──」

「いいから乗れ! お前がそんなんだと調子狂うだろ」

 しかし、普段は絶対に見せない真面目な顔で怒鳴られてしまい、勇の行為を受け入れることにした。

「……あ、ありがと……」

 小声で勇に感謝の言葉をささやく。

 言い慣れないお礼のせいか、気まずい空気が二人の間を漂う。

 その雰囲気に耐え切れなくなった勇は口を開いた。

「……し、しっかし、お前重いなー! やっぱ太ってんじゃねー?」

 よりによって飛び出したのは悪口。

「よ、余計なお世話よ!」

 無論、里桜ちゃんは怒り心頭。

 目の前に伸びる勇の髪を引っ張り、根こそぎ抜こうとする。

「い、いてーやめろ!」

「もっと強く引張ってあげようか?」

 こうしてすぐにいつもの二人へと戻った。

 そんな二人を目の当たりにして、俺は一言。

「あの二人、何だかんだ言っても仲良さそうなんだよなぁ」

「確かに。まぁ、喧嘩ばっかりしてるけどね」

 実際のところ多くの人は、本当に嫌いな人とは話もしないはず。

 しかし、この二人は違う。互いに嫌いと公言しているのにも関わらず、人前で堂々と喧嘩をするのだ。

以上の理由より、二人は仲良しと言っても過言ではないだろう。本気で憎んでいるようにも見えないし。

「えっと、こう言うのを喧嘩するほど……仲良しだっていうんだよね」

「香奈ちゃん、それを言うなら喧嘩するほど仲が良いだよ」

 兎にも角にも、勇にも良心があってホッとした。

 喧嘩を続ける二人の姿が何故か微笑ましく写った。



2008年11月11日 公開




          

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