君と奏でるコルネット



第三楽章 本拠地潜入!



名前……三嶋奏(みしまかなで)
クラス……一年四組
出身校……私立本庄中学校
部活……吹奏楽部
趣味……音楽鑑賞

 これは俺に一目惚れという感情を芽生えさせてくれたあの娘の情報である。因みにこの情報は奏って娘から直接手に入れた情報ではなく、人伝で聞いたものなんだけど。ん? ちょっとそこの君、俺を犯罪者とかストーカー扱いしないでくれよ。
「市野崎よぉ〜気持ちは分かるがストーカー行為は程々にしとけよ」
 しかしながら俺は眼前で焼きそばパンをむしゃむしゃと貪っている桶川からありえもしない濡れ衣を着せられてしまった。今、心の中で注意を促したばかりだというのに桶川の奴は何てことを言いやがるんだ。しかも、いつの間にか読心術をマスターしてるし。
「は? お前は何をもってそんな話をしてるんだ?」
「ふ〜ん、しらばっくれるつもりか。お前、何か女の子の情報を探っているらしいな」
「はぁ!? そ、そんなのしらねーし!」
 と、わざとらしく恍けてみるものの、俺が女の子(三嶋奏ちゃん)について情報収集していることは紛れもない事実。
 対して桶川は思わず一発殴りたくなるようなニヤケ面を浮かべて、攻めの攻撃を仕掛けてくる。
「ほぅ、完全に黙秘する気か……確か聞いた話だと、お前がストーキングしている娘は隣のクラスのみしまか──」
 とりあえず、名前の五文字目くらいで口が軽すぎる桶川にローキックをお見舞いしてやった。
 理不尽なほどに酷い仕打ちだけどこれでいいんだ。情報漏洩だけは絶対防がなきゃいけないからな。

 さて、華々しい入学式から二週間ほどが経ち、放課後に移り変わった学園内では体験入部期間ということで、宣伝活動に力を入れた上級生達による新入部員勧誘で活気づいている。
 俺は様々なユニフォームを着用した上級生数名から部活宣伝用のビラを貰うものの、文字すら読まずにビラの束をチャンバラごっこで使用する武器のごとく丸めてしまう。
 それもそのはず、俺はすでに強豪野球部への入部希望を固めているので他部活のビラに目を通す必要性がないのだ。せっかくそれぞれの部活が誠意を込めて作った作品だというのに、運悪く俺の手元に流れてきてしまった数枚のビラは無下にその役目を終えることになる。
 というわけで硬式野球に想いを馳せた俺は、丸めこんだビラをバットに見立てて思いっきりフルスイング。そして廊下に設置されたゴミ箱へと荒くぶち込んだ。
 よし、気分も優れてきたところで早速、野球部の体験入部へ向かうとするか。
 俺は心を弾ませながら野球部の本拠地であるグラウンドに向けて歩を進める。
 と、そこで──
「っと、あれ……?」
 昇降口付近の渡り廊下で目に入ってきた一人の女生徒。それは忘れもしない俺のハートを射止めた天使のような美少女、三嶋奏ちゃんだった。
 彼女は以前と同じく、皮のケースを両手に握ったまま西校舎行きの廊下を歩いている。楽器ケースを持っているということは、恐らく吹奏楽部の体験入部へと向かうのだろう。
 ……さて、どうしたものか。
 俺は現在、あの強豪野球部の体験入部へと出向きたい。しかし、あの娘──奏ちゃんと一緒に行う体験入部にも興味をそそられる。
 これは重要な選択肢だな。う〜む。
 俺はその場でしばし悩んだ末に、ブレザーのポケットの中から先月に買ったばかりの真新しい携帯電話を取り出して、ある人物との通話をはじめた。

 約一分後──体験入部へと向かう直前だった裕二を無理やり招集。
「なんだい、音弥? 僕、これからバスケ部の体験入部に行くんだけど」
「頼む。何も言わずについてきてくれ……」
「へ? ま、まぁいいけど」
「よし、さすがは俺の親友だ! えっと、確かあの娘は……あっちの校舎に向かってたな」
 結局、俺は野球部の体験入部を捨てて、奏ちゃんとの体験入部を選んだ。とりあえず体験入部期間は一週間あるので、今日一日くらいなら野球部以外の体験入部に赴いても別に問題はないだろうと、我が脳内会議で判決されたからだ。ついでに勝手ながら親友の裕二を護衛役として巻き込ませてもらった。うん、俺って最低だね。
 こうして彼女の姿を探りつつ、俺と裕二が最終的にたどり着いた場所は西校舎三階に設置された第一音楽室。入学前は一度たりとも近づくことはないと思っていた特別教室もとい敵軍本拠地である。
 裕二は第一音楽室という五文字の漢字が記されたプレートを凝視して一言。
「……どうしたの、音弥? 頭でもぶつけた? それとも新手のボケ?」
「俺は至って正常だっ! ボケてるつもりもないっつーの!」
 しかし、裕二がそう感じてしまうのも仕方のないことだろう。
 俺は根っからの音楽大嫌い人間。そんな人間が吹奏楽部の本拠地である音楽室に出向いていること自体がありえないことなのだ。というか奇跡に近いものがある。
「う〜ん……ここは吹奏楽部の練習場所だけど、どうしてここに……」
 と、疑問を呈する裕二だったか──
「君たち、どうしたのかな? 体験入部の希望者?」
 突然、やわらかい女性の甘声が背中から聞こえてきた。
 振り返ってみると、黒髪に軽くウェーブのかかったほんわかとした雰囲気を漂わせる、可愛らしい女生徒が立っている。胸元に結ばれた青色のリボンを見るかぎり、おそらく上級生であろう。そして手に抱え込んだ吹奏楽部、初心者歓迎の文字が記されたビラから吹奏楽部の関係者ということも見てとれる。
 彼女の質問に答えたのは強制的に連れてこられた裕二のほうだった。
「あ、僕はこの人の付き添いです。彼、吹奏楽部に興味があるそうですよ」
 おい! くそっ、裕二の奴、余計なことを……吹奏楽に興味なんかミジンコほどねーよ。
「へぇ〜そうなんだぁ〜! じゃあじゃあ、部活見学していきなよ〜!」
 瞳をきらきらと輝かせて俺を体験入部へ誘い込もうとする先輩からは、上級生にも関わらず妙な子供っぽさが感じられる。ダメだ、こういう無邪気な人に懇願されると断りきれない。
 結局、先輩にぐいぐい手を引かれ、抵抗する間もなく第一音楽室へと入室してしまった。
 最初に飛び込んできたのは、楽器、楽器、楽器、楽器、楽器、見渡す限りの楽器。当り前なのだが体験入部期間ということもあって、並べられた机上には大量の楽器が用意されてある。
 そして体験入部に来たらしい制新入生数名が、先輩の説明にならって楽器を吹いていた。
五月蠅い。煩い。うるさい。どの漢字の表現でも構わないが、とにかくうるさい。
 音楽室に響きわたる甲高い楽器音にいらだちを覚えて、だんだん気分が悪化していくが、ある人物の姿を発見したことにより俺の心は一気に幸福感に包まれた。
 そう、第一音楽室の窓際でラッパらしき楽器を一生懸命吹いている三嶋奏ちゃんがいたのだ。
「ん、あれぇ〜この前のひとだよね〜?」
 この前の一件もあり、すでに顔見知りとなった奏ちゃんはこちらへとやってきて声をかけてくれた。嬉しいことに奏ちゃんは数日前に二、三言交わしただけの関係である俺のことを覚えてくれていたらしい。
「あ、あぁ、そうだよ。ひさしぶり」
「君も体験入部に来たんだー! もしかして吹奏楽に興味あるの?」
 奏ちゃんの質問に対して、俺が返す言葉を探っていると──
「彼のお父さんは音楽家なんですよ。あの市野崎一(いちのざきはじめ)さん」
 唐突に彼女との会話に割って入ってくる裕二。
 くそ……また余計なことを……
「あ、その人知ってる! へぇ〜、じゃあ君はお父さんみたいな音楽家目指してるんだ!」
 当然そんなわけない。
「うん。その通り! 俺、ミュージシャン目指してるんだよ! 将来はギタリストになって人々を感動させる素晴らしい曲を作り世の中に送り込む予定」
 が、彼女の気を引くためあっさりと嘘をつく。
 その事実無根の返答に疑問を呈した裕二が、「え? 音弥は音楽が嫌いな──」と何かまずいことを口走りそうになったので、隣からひじ打ちをお見舞いしてやった。加えて「話を合わせろ」と口パクをして、鋭い視線を送ってやる。
 裕二は俺からの奇襲にぽかんとしていたが、とりあえず口を紡いで黙り込んでくれた。よし、ひとまず安心だな。
「えー? でもでも、それだったら軽音部の体験入部に行くべきじゃないのかな?」
 しかし、安息もつかの間、奏ちゃんからは鋭い指摘が飛んでくる。う……何かこの娘、一枚上手だ。
「……ほ、ほらギターは完璧に弾けるから、他の楽器にも挑戦しようかなぁとか思ったり……」
「ふ〜ん、そっかー。管楽器も魅力的だもんねー」
「そ、そうだよな」
 嘘を交えながら好感度を維持するために話を合わせておく。本当に最低な男だな、俺。
「あ、そういえば名前まだ紹介してなかったね。私は三嶋奏っていうの。よろしくね!」
「お、俺は音弥。市野崎音弥! 三嶋、よろしくな」
 にこやかに笑顔を振りまく奏ちゃんと俺は固く握手を交わす。あぁ……マシュマロみたくふにふにした柔らかい掌だな。このままずっと握っていたい衝動に駆られる。
 こうして俺は奏ちゃんの友人へと無事昇格を果たすことができた。
 しかし──
「吹奏楽が好きならさ、この娘と一緒に入部しちゃったらどうかな?」
 嘘が高じて先輩にそう進められてしまう有様。どうしよう……この状況……



2011年1月26日 公開



          



Copyright © 2009-2011 Sabothen All rights reserved.

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