TRIANGLE



第2話 転校生



 怪我をした足首の手当てを受け、保健室を後にした尚志。
 気分は勿論、最悪である。先ほど出会った少女、愛に対して腹が煮えたぎるような想いが湧き上がってきて苛立たずにはいられないのだ。
 こうして尚志は不機嫌のまま教室へと入る。
「よう! ん、その包帯なんだ? あ、女に抱きつこうとしてすっころんだんだろ?」
「おまえは朝からうるせーんだよ! てか、女に抱きつくという考えがおかしーだろ!」
「まぁ、そう言うなって!」
 入室した尚志に向けて意味不明な推測をする少年。彼は篠塚俊也(しのづかとしや)といい中学時代からの尚志の親友である。俊也はものすごい女好きで可愛い娘を見つけるその度にナンパをしており、もちろん毎回玉砕するのが定番なのだがそれでもめげない。まさに女のために生きている男だ。
「でさ、今日このクラスに転校生入ってくるの知ってんだろ?」
「転校生? あぁ、そういえばそうだったな」
 転校生がこのクラスにやって来る。そんな噂が経ったのは二週間前。
 最初はクラスメイトの殆どが馬鹿の流したデマだと思い込んでいたが、担任からの発言により事実であることが証明された。
 その後、クラスメイトは一気にヒートアップ。大手財閥の息子だとか巨大なお屋敷のお嬢様だとか勝手な妄想を広げる者も多数いた。実際、今日まで転校生の話題が出なかった日は一度もないくらいである。
「実はさ……転校生が女の子らしいんだ! しかもすげーかわいいらしい! ひゃっほー!」
 俊也が入手した情報によると転校生は女子で物凄く可愛い娘らしい。そんな二大豪華特典が転校生に付属しているためか、俊也はいつも以上にハイテンションだ。
「ま! 全てこいつが調べてくれたんだけどな!」
「僕の情報に偽りは無いです!」
 隣の席で自信ありげに語るのは同じく尚志の親友である西條満(さいじょうみつる)だ。さっぱりした髪に洒落た眼鏡が印象的な好青年。頭脳明晰な一面も持っており、テストでは毎回学年上位五人に入るほどの実力を携えている。
 更に誰も知り得ない謎の情報源を持っているとか。今回の転校生情報もその情報源から入手したものだろう。
「まぁ、俺は転校生なんかに興味はないけどな」
「転校生すげー可愛いんだぞ! あの笑顔! そして、めちゃくちゃ優しい!それでも興味ないのか?」
 乏しい反応を見せる尚志に対し、妄想を織り交ぜながら力説してくる俊也。まだ知りもしない人物について語りだす辺り、俊也は異端児なのかもしれない。
「どうもこうも興味ないものはない」
「なんだよ、お前! つまんねーの。なぁ、満は?」
 そこで「僕は──」と満が言いかけたとき、背後から気の抜けるような声が飛んできた。
 そこには肩までふわりと流れる栗色の髪が美しい、おっとりした顔立ちの少女の姿があった。
 少女の名は滝口真夕(たきぐちまゆ)といい、口調からも感じ取れるように自分サイズで自由に生きているマイペースな娘である。天然素質を持っており、常識外れな行動に出ることもしばしば。しかしながら「天然少女」といった肩書きが男子生徒のツボをつくらしく、学園内では多大なる人気を誇っているとか。
「おぉ! 真夕ちゃん! 転校生の話聞いた?」
「あ〜聞いたよ! 女の子なんだよねぇ〜」
「そうそう! で、さぁ……尚志の奴まったく興味がないって言うんだよね……笑顔が似合う可愛い娘だというのに……しかも優しいし──」
 またもや、転校生について桃色の妄想全開で語りだす俊也。やはりこの男の異端児認定は免れないようだ。
「ねぇねぇ! 満君は転校生に興味ある〜?」
 真夕の関心は真面目青年、満の方へ。突然、話題を振られたからか、満の顔面はすぐさま紅潮していき──
「ぼ、ぼ、ぼ、僕は、べ、べ、べ、つに……」
口籠る。
「あはははぁ〜! 興味あるんだぁ〜! 照れてる! 照れてる!」 
 そのトマトのような真っ赤な顔が彼女の中に変な誤解を生んでしまったらしい。満をからかいつつ、ニコニコと笑いながらその場を去っていく真夕。
「あぁ、あぁ、ち、ち、違います!」
 対してすぐに誤解を解こうとする満だったが、彼特有のかぼそい声は真夕の耳へと届くことなく最悪な形で会話が終了した。
「あぁ〜せっかくあっちから話しかけてきてくれたのによ〜! チャンスだったじゃねーか!」
「だ、だって……緊張して上手くしゃべれないんですよ……」
 真夕とのぎこちないやりとりを見てのとおり、満は現在、真夕に片思い中である。しかし満は女子とまともに会話が出来ない性格なので、全くと言っていいほど関係は進展していない。
「ま、またチャンスはあるか。そういえばさ〜尚志、お前って好きなやついるのか?」
「は? い、いねーよ」
 不意を突いた質問に尚志は僅かながらに動揺してしまうが、その僅かながらの変化を俊也は見逃さなかった。
「ふーん……でもお前、隣のクラスの娘……咲ちゃんだっけ? 妙に仲いいよなぁ〜」
 俊也の口から飛び出した名前──咲。
 その名前を聞いた瞬間、尚志の脳裏に思い出したくもない過去の映像が流れ出す。そして尚志の表情が先程までとは違う沈んだものへと変化する。
「咲ちゃんとはどうなってるんだよ?」
 そんな尚志の変化にも気もくれず、更に俊也は問い詰めようとするが──
「おら〜席に着け〜」
 タイミング良く教室の扉が開け放たれ、担任の野太い声が教室に響いた。
「ちぇ! もうちょっとからかいたかったのに……」
「何がちぇ!だ!」
 こうして朝の恒例となった取り留めのない雑談は終了。
 担任は生徒全員が着席したことを確認すると、おもむろに口を開いた。
「まぁ〜聞いていると思うが今日から転校生の桜井がこのクラスで君達と一緒に勉強することになった〜。じゃあ、桜井。入りなさい」
「はい!」
 直後、教室中に「うおー!」「かわいー!」「結婚してくれー!」といった歓喜の声が絶え間なく飛び交った。皆の反応からして間違いなく美少女なのだろう。
 そんな中で転校生に興味を示すことなく、窓に広がる初夏の景色を眺めながら話を聞いていた尚志は「桜井」という言葉に反応する。それもそのはず、最近どこかで耳にしたことのある名前だったからだ。
 まさかと思い尚志が顔を上げるとそこには、つい先ほど出会ったばかりの少女・桜井愛の姿があった。
 クラスの転校生という形での衝撃的すぎる再開。当然の如く、尚志は硬直してしまう。
「えっと……東京の方から引っ越してきました桜井愛です! 皆さんよろしくお願いしますっ! あっ……!」
 愛も一瞬、驚きの仕草を見せるが、すぐに彼女らしい無邪気な笑みをこぼした。尚志にはその風貌が悪魔にしか見えなかった。



2011年3月6日 公開



     



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