キオク

第六話 危機


 時刻は七時半前。

 いつもより早く起きたため、俺は今学校に向かっている。この時間は登校する人が少ないためか小鳥のさえず

りが聞こえるくらいで周りはとても静かだ。


 延々と続いているアスファルトの通いなれた道。

 いつもなら退屈でしょうがないが今日はそうでもなかった。頭から香奈ちゃんのことが離れないためだ。



「ふぅ……」

 俺は教室に着くなりすぐさま自分の席にどっかりと座り込む。

 結局、ここに来るまで香奈ちゃんのことばかり心配していた。

 その状況は、今も変わらないわけで……

 どうしよう……今日どんな風に香奈ちゃんに接すればいいんだろうか……

 いつも通りでいいのか?

 いや、俺の事忘れているんだからそれはやめたほうがいいか……

 そんなことを考えながら机でうなだれていると、廊下からからハスキーな声が飛んできた。

「あ、いた!」

「え? あれ、天満さん」

 俺に声をかけてきたのは春ちゃんこと天満春香(あまみはるか)さん。

 あの、勇気ある戦士達をことごとく玉砕してきた魔王もとい少女だ。

 茶褐色の長い髪を靡かせ、パタパタと走りながら俺の席へ向かってくる。

 いったい、どうしたんだろう?

「どうしたの?」

「あのね、今日、ニュースで見たんだけどさ……香奈、事故にあったって本当?」

 どうやらもう香奈ちゃんが事故にあったことは周知に知られているらしい。

 多分、新聞とかに載ってたのかな。さすがメディアの速さは凄い。

「う、うん。そうなんだ……」

 そこで、俺は逆に質問してみる。

「でも、何で俺なんかに聞いたの?」

「え? だって星川君、香奈の彼氏でしょ?」

 まるで当たり前のように聞き返してくる春ちゃん。

「あ、う、うん」

 確かにそうだけど……やっぱりみんな俺が香奈ちゃんと付き合ってること知ってるんだな。

 メディアの早さも凄いけど噂が流れる早さも凄いもんだな。

「ねぇ、それで今日お見舞いに行こうと思ってるんだけど香奈の入院しているところ教えてくれないかな」

「あ、うん。いいよ」

 俺は軽く返事をしたが──

 ん?

 あっ! ダメだ!

 香奈ちゃん記憶喪失かもしれないんだった! こんなときに春ちゃん連れてったら余計に混乱するかもし

れないじゃんか!


 何とかして断らないと。

「待って! やっぱりだめかも」

「どうして?」

 もちろん、春ちゃんは理由を尋ねてくる。

 くそっ! 何かいい言い訳は……

「ほ、ほらさ、事故にあったばかりだからいろいろと……あー! とにかく今日はダメ!」

 いい言い訳が浮かばなかった俺はしどろもどろに答えていた。

「でも、お見舞いに行くのは勝手じゃない? それにそれは星川君が決める事じゃないよ?」

 うぐっ……た、確かに……

「で、でもさ、ちょっ──」

「よっす! 卓真! あ、春ちゃんじゃん! おはよー!」

 その時、教室の入り口から姿を現したのは勇。

 俺の言葉をさえぎるように今日もバカ丸出しで挨拶をしてくる。

 あー勇はいいな……のんきで。

「……出たよ、変態……」

 そんな勇に向かって春ちゃんは冷ややかな一言をぶつけた。

 うわ、ストレート……完全に勇、傷ついたな。

「おっ、おい、春ちゃん、それは酷くない?」

 半ば泣きそうな顔で春ちゃんに訴えかける勇。

「だって、変態じゃん。それに馴れ馴れしく呼ばないでよ。もう、こいつがいると空気が汚くなる……」

 次々と勇の心に傷をつけるような言葉を吐き出していく。

「ひ、ひどい……」

 その鋭い言葉で勇はがっくりと肩を落とした。

 好きな娘にここまで言われるのはきついな……

 勇、ご愁傷様。

「と、とにかくさ。今日は無理だと思うよ。ちょっと俺飲み物買ってくるよ」

 結局、出た言葉は焦りの塊。

 俺はまた質問されると厄介なので、二人を教室に残しそそくさと出て行った。

「あいつ、どうしたんだ?」

「………あやしいなぁ……ねぇ、変態」

「だから止めてくれよ。その呼び方」



 放課後──

 俺はHRが終わるなりすぐさま教室を抜け出し走り出していた。

 校門をくぐりぬけた後、通いなれた道を外れて俺は病院方向に向かっていく。

 暑い日差しの中で走っているためか俺の顔からは汗が滴り落ちる。

 それだけ俺は全力で走っていたんだ。

 ただ、早く香奈ちゃんに会いたい一心に。



 数十分かけてようやく香奈ちゃんの入院する病院へと到着した。

 絶え間なく動いている自動ドアの数歩後ろで俺は考え込む。

 ……香奈ちゃんにどう言葉をかければいいだろうか? ……ええい! そんなこといちいち考えている場合

か!
 自然体でいけば問題ないじゃないか!

「よし! 行くか!」

 と、意を決して病院に入ろうとすると──

「あ〜香奈が入院している所はここなんだね」

「香奈ちゃんが入院しているってどういうこと?」

 何か後ろから聞き覚えの声がするんだけど。

 も、もしかして……

 そして俺はゆっくりと振り返った。

 俺の目に映っていたのは案の定……

「こんにちは。星川君」

「何やってんだ卓真? こんなところで」

 春ちゃんと勇。

 さ、最悪だ……

 春ちゃんに香奈ちゃんの入院先がばれちゃった……

 てか、何で勇がいるんだ?

「ちょ、ちょっと……何で二人がいるの?」

 もちろんのごとく俺は驚く。

 ……まぁ、大体想像がつくけど。多分、俺をつけてきたんだろ。

「星川君が教えてくれなかったから隠れて付いてきちゃった。この変態といっしょに」

「だ〜か〜ら〜変態って言わないで〜」

 やったよ! 当たったよ〜!

 って、こんな事当たってもうれしくねーし!

「それじゃあ、行こっか。香奈元気かな?」

 春ちゃんはそう言って病院の自動ドアへと向かっていく。

 やばい! 早く早く止めないと!

「ちょ、待ってって!」

「またな〜い!」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら春ちゃんは病院の中へと消えていった。

 俺の後ろにいる勇は状況を理解しきれていないみたいだ。

 まぁ、いいや。馬鹿だし。ほっとこう。

 それよりも春ちゃんを!

 俺もすぐに病院へと入り、前方を歩く春ちゃんに立ちふさがった。

 つまり仁王立ちしている。周りが俺の事を変な目で見ているけど気にしない。


「あ、天満さん、だめだって〜」

 その呼び止めもむなしく春ちゃんは俺の横を通り過ぎ、勝手に行動を進めていく。

 あ〜この人なんで止まらないわけ? このままじゃばれちまう〜!

「とりあえず病室、看護婦さんに聞けば分かるかな? って、あれ……か、香奈!」

「えっ!?」

 香奈ちゃん?

 春ちゃんの目を向けている方向には窓。いや、中庭か。

 その窓越しにある中庭には車椅子にちょこんと座っっている香奈ちゃんがいた。

 なんか香奈ちゃん、どこか上の空みたいだな……

 ってそうじゃない!

 あ〜! ついに春ちゃんに見つかった〜!! まずい! まずい! まずい! ますい!

 俺が一人で焦っている中、春ちゃんは近くの扉から中庭へと抜けていき、香奈ちゃんに駆け寄る。そして、に

こやかな笑顔で元気よく声をかけた。


 お、終わった……

「やっほ! 香奈。怪我は大丈夫?」

「えっ?」

 もちろんのごとく戸惑う香奈ちゃん。

「ん? どしたの?」

 春ちゃんは香奈ちゃんの反応にきょとんとしている。

「あ、あの……ど、どちらさんですか……?」

 直後、春ちゃんの笑顔が一瞬にして凍りつく。

 そして焦りながらもまた香奈ちゃんに尋ねた。

「ちょ、ちょっと香奈? それ本気で言ってる?」

 その言葉に香奈ちゃんは黙って俯く。

 いつも見せる笑顔に到底及ばない暗い表情。何かにおびえるように震えているほっそりとした腕。


 その姿から春ちゃんはようやく気付いた。いつもの香奈ちゃんじゃないということを。

「星川君……これはどういうこと?」

 もう、ごまかせないよな……

 本当のことを言うしかないか。

「ごめん……実は香奈ちゃん──」

 俺は今までの経緯を包み隠さず全て話した。



2007年7月23日 公開







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