キオク

第二十九話 季節は巡って……



 香奈ちゃんとの仲違い騒動から数ヶ月が過ぎた。

 季節は長い冬が終焉を迎えて、早春らしい生命の息吹が周辺から聞こえはじめてくる今日この頃。単

位不足などの問題もなく、僕は無事二年生へと進級した。



 新学期。

 新たな気持ちを胸に校舎二階に位置する新クラスの教室の扉をくぐり抜けると、去年から既に聞き慣

れている二人の声が響いてきた。

「また里桜と一緒のクラスかよー」

「またって何よ。またって」

 一年時からの僕の親友である名取勇と香奈ちゃんのお友達、桑本里桜ちゃん。朝っぱらから机上に数

枚のトランプを広げて、二人は会話を弾ませながら楽しげにポーカーをしている。

 昨年度と同様、代り映えのしない教室の光景。新学年に上がってもこの問題児二人がセットで付いてく

るとは……また賑やかなクラスになりそうだ。

「ねぇ勇、今日学校終わったらゲーセンにでも遊びに行かない?」

「おーそうだな! 新学期だし春休みの決着をつけなきゃな!」

「……どうせ、また私が勝つんだけどね」

「今の内、そう調子に乗っておけよ。俺が圧勝するから」

 当初はそれぞれを罵倒しまくる程犬猿の仲の二人であったが、何故か一年生の時よりも仲が良くなっ

ていて、去年の林間学校で勃発した抗争がまるで嘘のように思えてしまう。というよりもうこの二人は正式

に彼氏彼女として付き合っているんじゃなかろうか。

 そしてもう一組──

「ま、また宜しくお願いします! 瑠奈さん」

「うん。またよろしくね」

「そ、それで、も、もし良かったら今度また料理を教えにいってもいいですか!?」

「え? うん、いいよ。私まだまたお料理が下手だから……」

「大丈夫ですよ! 僕がしっかり教えてあげますから!」

「うん、ありがとう財前くん!」

 同じく昨年度に続けて僕のクラスメイトとなった実家がとても貧乏な報われない少年・財前金成と、高校

生とは思えないほど大人びている世話好きの女生徒・千代田瑠奈さん。こちらの二人も互いの家へとお

邪魔したりするような関係になっているらしく、僕の知らないところで着実に絆を深めあっているようだ。

 肝心の自分自身はというと、あの日以来香奈ちゃんと会話も交わしておらず依然音沙汰なしの状態で、

クラスも残念なことに離れ離れになってしまった。

 数ヶ月間の気まずい空気から解放される身としては、嬉しいような悲しいような少々複雑な気持ちが心

に渦巻いている。でも風の噂で香奈ちゃんと千堂が交際しているという情報も聞きつけているし、これで

良かったのかもしれないな。



 こうして新学期の始業式も何事もなく平穏に終わり、僕は学校を抜け出して普段通りに帰路へとつく。

いつもと変わらない日常。唯一変わった点といえば僕の傍に香奈ちゃんが居なくなった事くらいか。もうこ

の状況に慣れはしたけど、数か月前まで香奈ちゃんと一緒に帰っていただけあって一人での下校はやっ

ぱり寂しいものがある。

「星川くーん! ちょっと待ってー!」

 優れない気分を抱えたまま歩を進めていると、突如背後から活力のあるハスキーな呼び声が弓矢の

如く飛んでくる。咄嗟に振り返ると、昨年からお世話になっている良く見知った女生徒が小走りで迫ってき

ている所だった。

「はぁはぁ……やっと追い付いた!」

 全力疾走だったのか両肩を激しく上下させて息を整える少女は、疲れを微塵も見せずに僕の眼前で微

笑を作る。その人物は勇気ある戦士達(告白してきた男子生徒)をことごとく玉砕してきた学園アイドル的

存在である春ちゃん──天満春香だった。



 学園近くの公園へと移動して、僕と春ちゃんは桜並木の下に設置された木製ベンチへと腰を下ろした。

春風に誘われて桜の花びらが宙を舞い踊る中、僕は隣に座する春ちゃんに尋ねる。

「どうしたの? 天満さん」

「どうしたの? じゃないでしょ! 最近、香奈と仲良くしていないみたいじゃない」

 春ちゃんの確信を突くかのような発言。僕は返すべき最適な答えを探し出すことが出来ず、身体から湧

き出てくる冷や汗を垂らしながら、たじろいでしまった。

「えっ……そ、それは」

「どうして香奈の傍にいてあげないの!?」

 更に威圧的な顔つきで先程以上に迫ってくる学園アイドル。

「でも……香奈ちゃん、千堂といい感じなんでしょ?」

「確かに香奈は千堂と付き合っているみたい」

 春ちゃんは表情を曇らせて、香奈ちゃんと千堂が交際している事実を告げる。

 認めたくはないけど、やっぱり二人は付き合っているのか。恋人を僅か数ヶ月で略奪されて、凄くショッ

キングだよ……二年越しの恋をやっとの思いで成就させたのに。

「でも、それが問題なの」

 と、春ちゃんは前文に付け加えるように言った。

「問題って……? 別に好き同士ならいいんじゃないの?」

 何が問題なのだろうか。確かに個人的には不満だらけだけど、二人が相思相愛で幸せそうにしている

のならばいいじゃないか。

「あのね……言っておくけど千堂には元々付き合っている後輩の女の子がいるの」

「は? そ、それってつまり……」

「二股ってことになるね……」

 春ちゃんから明かされた驚愕的な新事実。千堂は香奈ちゃんと他の女生徒との間で二股をかけている

のだ。

 くそっ……香奈ちゃんと純粋に付き合っているだけならまだ我慢できたというのに……

 香奈ちゃんが僕に対して抱く信頼心を薄れさせた例の一件もあるし、やはりアイツは最低野郎に変わり

なかった。



2010年1月17日 公開




          

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