キオク

第二十五話 秘密を知る者



 世間一般的にイケメンと呼ばれる部類に入るであろう顔貌に何か企んでいるような笑みを映しながら、

僕らの眼前へと姿を現す千堂宗一郎。せっかく恋人である香奈ちゃんと手を繋ぐ千載一遇のチャンスが

訪れたというのに、この男の呼び声によって邪魔をされてしまった。

「よぉ、卓真、丁度良かった。ちょっと話があるんだが、一緒に来てもらっていいか?」

「うるさい。何か言いたいならここで話せ」

 一言目に飛び出した千堂の願いを、僕は一蹴して鋭く睨みつけてやる。

「まぁ、それでもいいんだかそう言わず付き合ってくれよ。時間はとらせないから。じゃないと大変なことに

なると思うぜ」

 ふざけかかった嘲笑で懇願する千堂。大変なこと──こいつは僕を人気のない路地に連れ込んで、集

団リンチでも咬ますつもりなのか。とりあえず集団暴行的な犯罪行為が起こるようならば、僕は武器にな

りそうなものを近くから探して応戦するつもりだ。最悪、香奈ちゃんと一緒に逃げてしまえばいい。

「……分かったよ」

 意を決し、僕は千堂の頼みを受け入れた。



 香奈ちゃんを近くの公園に設置されたベンチへと一旦待たせ、僕は千堂の話とやらを聞くために人通り

の少ない路地裏へと連れ込まれた。

「で、なんだ? 香奈ちゃんを待たせているから手短にしてくれ」

「香奈、最近、大変みたいだな」

 スラッとした背高い身体を、狭い路地の壁にもたれかけさせて腕を組む秀才少年。

 厳つい男連中が出てくる様子はないので集団リンチが敢行されるわけではないようだが、代わりに何

か引っかかるような言い草を彼は放ってくる。

「……何が言いたい?」

「そうだな……記憶喪失って言えば分かるか?」

 その単語を耳にし、一瞬で千堂宗一郎が伝えたい事を理解した。

 こいつは香奈ちゃんが記憶喪失に陥っていることを認識しているらしい。

 香奈ちゃんの記憶喪失はお姉さんの理奈さんと勇と春ちゃん、それとごく少数の先生しか知らない事実。

なのにどうしてこの腹立たしい面食い男がその秘密を知っているのか。いや、どうやってその情報を知り

得たのか。

 そんな事を考えていると──

「……どうして知ってるんだって聞きたい顔してるな」

 余裕たっぷりの表情を浮かべた千堂による、心臓を射抜くような一言。

 どうやら僕の思考と表情が見事に一致していたらしく、千堂に脳内の考えを完全に悟られてしまったよ

うだ。

「まぁ、話してやるよ。それが今日の目的だしな。ん〜と……香奈が退院して二、三日経ったぐらいにお前

ら、屋上で何やら話し込んでたよな。その時たまたま香奈の記憶喪失がどうのこうのって聞いてしまったん

だよな」

 約一ヶ月前の事になるが僕と香奈ちゃん、そして勇と春ちゃんの四人で交えた学校屋上での緊急作戦

会議。あの時、屋上に千堂が偶然居合わせ記憶喪失の話を耳にしてしまったらしい。

 果たして本当にたまたま聞いてしまったのか深く問い正したい。こいつの場合、故意に盗み聞きしたっ

てことも十分あり得る。

 複雑な感情が湧き上がる僕の傍で、爽やかな笑みを浮かべながら千堂は話を継続する。

「で、次は林間学校の時だ。夜だったかお前が香奈とコテージ前で真剣に話しているのを目撃してな。そ

こで俺は確信した。香奈は記憶喪失なんだって」

 そう言い終えると、千堂は決め台詞と共に犯人を指し示す名探偵さながらの動きで、自分の人差し指

を僕の顔面へと突きつけた。

 西原香奈=記憶喪失といったこのキザ男の的確な推測に対し、僕の口から否定の言葉は出なかった。

だってそれは紛れもない真実だったから。

 里桜ちゃんや千代田さん、金成みたいな善良の人物が知ってしまったのなら無問題だけど、よりによっ

てあくどい性格の持ち主である千堂が知ってしまうとは。何か無性に腹が立つ。

「……で、お前は何が目的だ。香奈ちゃんと別れろとか脅しに来たのか?」

「誰も脅してなんかいないだろう。ただ、お前にはこの事を言っておいた方がいいかなって思ってな」

 千堂はそう告げるものの、僕には遠まわしに脅迫状を叩きつけているようにしか思えない。多分、こい

つの目的は香奈ちゃんを彼氏である僕の手から略奪することなのだろう。そんなことは自分の命に代え

てでも絶対させないけど。

「ま、そういうことだ。んじゃ、邪魔者の俺は消えるとするよ。デート中に悪かったな」

 自虐的な言葉を置き土産にして、軽く手を挙げた千堂は香奈ちゃんに再度会うこともなく路地の奥へと

姿をくらました。

 千堂が去った直後、僕は頭を抱えて起こりうる最悪な状況を脳内でリアリティに再現させてしまう。

 もし報復という形であいつが記憶喪失の詳細をクラスメイトや知り合いに暴露してしまった場合、収拾

のつかないことになってしまうだろう。それだけはどうしても避けたい。

 千堂宗一郎が主導権を握ってしまったことにより、実にややこしい事態となってしまった。



 こうして沈んだ気分のまま、僕は公園のベンチへと取り残した香奈ちゃんの元へ。一人孤独に待ってい

る彼女からは笑みが漏れ、退屈そうな雰囲気は窺えなかったので、それほど長時間は待たせていなかっ

たようだ。

「卓真君、お帰り。あ、あれ? 千堂君は?」

「……何か帰っちゃった」

「そうなんだ。それで、千堂君のお話は何だったの?」

「いや、大したことじゃなかったよ……」

「そっか」

 勿論、香奈ちゃんに真実を言えるはずもなかった。香奈ちゃんの記憶喪失が千堂宗一郎に気付かれて

しまったなんて。

 二人で楽しく過ごした制服デートの思い出が、突如現れた糞千堂のせいで一気に台無しになってしまっ

た。加えて厄介なことに抱えたくない悩みまでをも増やしてくれた。こうなると二学期からあのキザ男がど

んな奇策な行動に打って出てくるのか非常に気がかりである。

 兎にも角にも、最優先事項は香奈ちゃんを千堂の悪の手から守り通すこと。それが恋人としての僕の

使命だ。



2009年9月7日 公開




          

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