キオク

第二十四話 制服デート



 駅前ビルに設置された映画館の入口前には、先週公開されたばかりの新作映画のポスターがずらりと

貼り出されている。様々なジャンルの映画宣伝ポスターが羅列された光景は、実に色鮮やかだ。

「あー私、これ見たいな」

 香奈ちゃんが指を刺したのは、テレビの芸能ニュースやCMなんかで大々的に宣伝されている超大物

監督による話題作。観客動員数が公開初週から凄い勢いだそうで、早くも興行収入が今年一番の作品

となる見込みらしい。

 僕もこの人気作品には凄く興味をそそられるので、香奈ちゃんの希望通りこの映画を観ることに決定し

た。因みに僕はいつもレンタルDVDを借りてきて観賞する人間なので、劇場で観るのは凄く久しぶりだ。

多分、小学生の時以来かな。

 今日は何の変哲もない平日ということもあって幸いにも次の上演時間で観る事が出来たのだが、僕達

の座席の周辺には同世代の似たりよったりな学生カップルが多数いた。しかも皆、手を握ったり腕を絡ま

せたり身体をぺたぺた触ったりと、人目をはばからずいちゃついてやがる。恋人同士であるにもかかわら

ず、僕と香奈ちゃんは恥ずかしくて手を繋ぐことすらままならないのに。

 そんな妬みにも似た複雑な気持ちを抱えたまま、映画の上映が始まる。

 映画のストーリーはオタクの少年が高根の花であるクラスの美少女に恋してしまい、彼女の気を引く為

にいろいろと奮闘するといったところかな。女性との会話があまり上手く出来ないまさに僕みたいな少年

が、インターネット上の巨大掲示板で顔も知らない人へと相談を持ちかける描写なんかは中々斬新だ。

 最終的には誤解やすれちがいの末、めでたく結ばれるわけなのだけど、僕的に一カ所だけ刺激の強い

シーンがあって──

 クライマックスのキスシーン。香奈ちゃんと一緒に観ているからか、恥ずかしさが込み上げて何故だか

凄く居たたまれない気分になる。多分、香奈ちゃんも僕と同一の気持ちになっているだろうと思う。

 こうして総勢百名以上の名前が列挙されたスタッフロールに、某有名アーティストによるバラード調の

新曲を乗せながら、約二時間による映画上映は終了した。

「何か……恥ずかしかったね」

 と、クライマックスのシーンだけを抽出して感想を述べる香奈ちゃんに僕は相槌をうつ。

 その後、気恥ずかしさが込み上げて香奈ちゃんとの会話が途切れがちになってしまった。合意の上と

はいえ、恋愛映画の観賞はやめておいた方が良かったのかもしれない。



 人気映画を堪能した僕ら二人は、次に遅めの昼食を取ることにした。

 場所は駅ビルに程近いショッピングモール内のファミリーレストラン。

 窓際の禁煙席へと案内された僕ら二人は、早速食す料理の選定を開始。香奈ちゃんは軽くメニューに

目を通すと「これ!」と言って、女性視点から見れば一目でカロリーオーバー商品に認定されるであろうサ

イコロステーキの写真に人差し指を突きつけた。

 確か記憶喪失以前の香奈ちゃんとファミレスに来た時も、厚焼きハンバーグだったかボリュームのある

料理を注文していた気がする。

 記憶云々はどうであれ、やっぱり香奈ちゃんはいつまでも香奈ちゃんなんだなと改めて実感。

 でも、そのボリュームいっぱいの料理は身体の何処へ消えてしまうのだろうか。もしかしたら食べても太

らない大食い選手のような体質なのかもしれない。

「それじゃあ、僕はこれにしようかな?」

 と、言って選んだ料理はサイコロステーキと比べて、ボリュームもカロリーもそれほど高くないデミグラ

スソースのオムライス。僕のお腹にはこのくらいの量が丁度いい。

 香奈ちゃんはサイコロステーキとデミグラスソースのオムライスの写真を交互に見比べて一言。

「卓真君、男の子なのにあまり食べないんだね。今流行りの草食系男子ってやつかな?」

 いや、香奈ちゃん。君の言うとおり僕は積極性が皆無だから草食系男子の部類に入るのだろうけど、

多分言葉の意味を履き違えていると思うよ。確かに草食動物がガツガツ肉を食べるイメージはないけど

さ。



 とまぁ、こんなに楽しい制服デートをとびきりの美少女と行っているせいか、映画館に赴いた辺りから香

奈ちゃんと無性に手を繋ぎたくなってしまい、気持ちが落ち着かなくなってきている自分がいる。

 記憶が正常だった頃の香奈ちゃんとは何度も手を繋いだことあるけどね。交際初日からリードされて強

引に腕を組んでいたわけだし。

 考えてみれば記憶喪失になった現在の香奈ちゃんとは、恥ずかしさのあまりから恋人らしい行為を何

一つやってない。彼女が記憶を失った際に、突然変異か何かで控え目な性格になったっていうのも大き

な要因の一つだと思うけど。

 たとえ香奈ちゃんの記憶が完全に回復しなくとも、過去関係なしに僕は一人の恋人として接していきた

い。

 そういったわけで、僕は一人の男性として高らかに宣言する。

 今日こそ現在の香奈ちゃんと手を繋いでやる。



 それからはウィンドウショッピングをしてみたり、ゲームセンターで遊んでみたりと香奈ちゃんと精一杯

制服デートを楽しんだ。しかし、肝心の手を繋ぐチャンスが一向に訪れない。

 黄昏時になり帰路へと着いた僕らはアスファルトの歩道を、影を並ばせながら歩く。二人の間に会話は

ない。

 不意に視線が重なった。香奈ちゃんは顔を反らして頬を紅潮させている。チャンス、これならいけるかも

しれない。

 僕は香奈ちゃんの華奢な掌に向けて腕を伸ばし、掌を握ろうとした。

 が、その行為は遠くから響いてきた男の呼び声により抑止された。同時にその声は、僕の中枢神経を

逆撫でする非常に不愉快な肉声ということも理解できた。

 声の主が僕ら二人の元へとおもむろに近づいてくる。

「よぉ、卓真と香奈じゃん」

 そこに存在した人物は他でもない、性格を除けば完璧人間と化している香奈ちゃんの元彼、千堂宗一

郎であった。



2009年9月1日 公開




          

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