キオク

第二十三話 中間登校日



 高校生最初の夏休みも半ばへと差し掛かり、この季節特有の日差しがやる気を奪うように地面へと照

りつける中、僕は約半月ぶりに通い慣れた通学路に歩を刻んでいた。

 本日は中間登校日。長期休みの間に挟まっている一日にわざわざ学園へと赴くのは少々億劫ではあ

るが、夏休み序盤に行った小旅行以来香奈ちゃんを始めとした友人と久し振りに会える為、異様に心を

躍らせている。



「よっ! 卓真!」

 半月ぶりに教室に鎮座した自分の席へと身体を落ち着かせると、前の席から勇による軽い挨拶が飛ん

でくる。チャラ男並みの軽さは夏休みの最中であろうと常に健在だ。

「おー勇、久し振り!」

「卓真……実は物凄いブツを手に入れたんだが……」

 怪しげに小言を漏らす勇の掌には何やら、数枚ほどの写真が握られている。そして、手渡された一枚

の写真を見て僕は言葉にならない程の驚愕を覚えた。

「こ、この写真って……」

 写真の中に広がっている光景は、恥じらいながらお客様からの注文を受ける記憶にも新しい香奈ちゃ

んの水着姿であった。

「これ、どうやって撮ったんだよ!?」

 僕の記憶によればあの時、計算高い春ちゃんの手によって、わざわざ親父の部屋に侵入してまで用意

したアンティークカメラからネガを抜きとられて、勇は写真を一枚も撮れない状況に陥ったはず。

 にもかかわらず何故、ここまで高画質な写真が僕の目の前に存在するのか。誰かに協力を要請して、

隠れて写真でも撮ってもらったのか?

 そんな疑問は写真の持ち主である張本人が解消してくれる。

「実はな……最悪の事態を想定してデジカメを隠し持ってきていたのだ。それでバイトの休憩中にこっそ

り撮影させてもらった」

 こういう事にだけは抜け目のない奴である。てか、それって盗撮じゃないのか? でもまぁ、勇の頭の辞

書には犯罪という言葉が存在しないんだろうな。

「いやぁ〜春ちゃんの写真もこんなに撮れたぜ! 一生の宝物だな!」

 女神の笑みにも似た晴れやかな表情で、春ちゃんのグラマラスな水着姿の写真を舐めまわすように閲

覧する勇。

 その動向を客観的に見る限り、逮捕されて前科が付いてもなおスートカーを繰り返すような重症度高め

の変態にしか見えない。春ちゃんの写真だけで十枚以上もあるし。

 まぁ、いいか。どれ、僕も早速香奈ちゃんのこの夏一番のベストショットであろう写真を堪能することにし

よう。僕が写真を撮ったわけでもないし、勇か勝手にくれたものたから貰っても問題ないよね?

「あれ? 卓真君、何見てるの?」

 全然気付かなかった。

 神様の気まぐれによる悪戯か、運が悪い事に写真を眺めていた僕の背後に香奈ちゃんがひょっこりと

表れたのだ。そして、僕の慌てふためく様子を奇妙に感じたのか、香奈ちゃんは疑いの目でこちらを睨む。

 直後、掌からはらりと一枚の写真が舞い落ちた。

「あれ? 何か落ちたよ……い、いやー! こ、この写真、何!?」

 漆黒に彩られた自分自身の水着姿を瞳に確認した香奈ちゃんは、あわあわと慌てながら一瞬にして頭

を沸騰させた。

 そりゃそうだよね。あんなに皆に見せるのを恥ずかしがっていた大胆な水着姿を、ばっちり現像されて

いたら慌てないはずもないか。

「いや! いや! いやー!」

 香奈ちゃんはいつもの温厚な少女とは思えない程に発狂を繰り返しながら、羞恥の曝した写真を手に

教室の外へと走り去ってしまった。

 あぁ、一生の宝物にする予定だったのに。

 その後、数分としないうちに香奈ちゃんは教室へと再び戻ってきた。お友達でお悩みの相談相手でもあ

る春ちゃんとセットで。

「……卓真君。この写真、何処で手に入れたの?」

 いきなり詰め寄ってきた春ちゃんに、影のかかった不気味な笑顔で問われる。

 何か怖い。よし、ここは正直に写真の入手経路を暴露すべきだろう。そうすれば多分、僕に災いは降り

かからないし。

 というわけで僕は無言のまま、写真を提供した人物に向けて人差し指を向ける。

 春ちゃんが放つ鋭い眼光の照準は、すぐに勇へとロックオン。

「お、おい……なんだよ……」

 冷や汗をたらし、焦りながら数枚の写真を机の奥深くへとねじ込んで、証拠隠滅を図ろうとする勇。

 その一瞬の行為を春ちゃんは見逃さなかった。

 春ちゃんは女性とは思えないほどの強烈な突きで勇を椅子から押し倒し、机の中へ強引に腕を突っ込

んだ。

 勇が無様に尻もちを付くのと同時に、案の定机の中からは犯人を裏告げる物証が次々出てくる。勿論、

その物証とは春ちゃんの大量に現像された水着写真に他ならない。

「あっ、こ、この写真! ……この、ド変態!!」

 こうして完全にクロと判断された勇が、春ちゃんの手厚い制裁を受ける羽目になったのは語るまでもな

いだろう。いや、その制裁内容が怖すぎて語れないだけなんだけど。



 中間登校日といっても大したイベントは無く、学年集会では宿題進んでるか? 怪我してないか? 羽

目外しすぎるなよ? などの長期休暇専用マニュアルに従った確認作業を行うだけだった。生徒の生存

確認程度で終わってしまう中間登校日の必要性はあまりないと僕は思う。

 そして学年集会終了後、早く帰りたいという生徒から発せられた空気を察した我が担任は、簡潔に連

絡事項だけを述べて僅か数分でホームルームをお開きにした。担任の洞察力に感謝しながら、クラスメ

イトは次々と帰路へ着く。

 僕もこれ以上学校に居残る理由はないので、恋人の香奈ちゃんを引き連れて帰ることにした。

「もー! 卓真君! 今度からあんな写真、貰っちゃ駄目だよ!」

 昇降口へと続く渡り廊下を歩きながら、香奈ちゃんは子供のように膨れて朝の一件について愚痴を零

してくる。

 あの漆黒色に映えた水着写真を、彼氏である僕自身に見られて相当恥ずかしかったのだろう。そうい

えばあの写真は何処にいったんだろうか。処分してしまったのならばそれはそれで残念だ。

「ごめん。でも似合ってたと思うんだけどなぁ……」

 少なくとも彼女の雰囲気からは想像もできない大人チックな水着姿には驚愕させられたからね。そのギ

ャップがまた素晴らしすぎて最高だったんだけど。

「そ、それ以上言わないで! 恥ずかしいから! 水着の話題はもう禁止!」

 頬を真っ赤に染めた香奈ちゃんの一声により、水着という単語の禁句宣言を出されてしまった。この分

じゃ今の季節に相応しい、プールや海水浴の話題も出せそうないな。

 そうこう話しているうちに、僕らは学校の正門を抜けて一旦立ち止まる。後ろを振り返り、校舎の外壁に

設置された時計を確認すると時間はまだ正午を回ったくらいだった。

「香奈ちゃん、これからどうしようか?」

「私はこれから特に用事はないけど……」

「じゃあ、どこか遊びにでも行く?」

「いいね。うん、そうしようよ」

 こうして決定事項のようにすんなりと、青春の象徴とも言える制服デートが決まった。因みに二人でデ

ートをするのは香奈ちゃんが記憶喪失になってからは初めてである。つまり今の香奈ちゃんにとっては今

回の制服デートが初デートという事になるらしい。

 僕ら二人は今までに味わったことのない妙な緊張感を抱きつつ、ショッピングモールの立ち犇めく駅前

通りへと足を進めるのであった。



2009年8月24日 公開




          

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