キオク

第二十一話 アルバイト



 僕達の目の前には汗水を垂らしながら、料理という名の就労に励んでいる財前金成の姿。

 同級生である金成の姿を認知した香奈ちゃん達は、各々に驚愕たる仕草をふりまく。僕は皆を代表し

て、金成が海の家で労働に励んでいる旨を尋ねてみることにした。

「何で金成がここで働てるんだ?」

「実は……ここの店長と知り合いで短期バイトをやらせてもらっているんだよ」

 金成が毎年夏休みに出向いているアルバイト先がこの海の家らしい。就労先が県外だというのにも関

わらず、ご立派なことです。

 そこへ──

「何だね君達、もしかして財前君のお友達かね?」

 奥の扉から眉間に皺を寄せた、厳つい顔つきのおじさんが姿を現した。

「あ、はい。いつもそこのアホにはお世話になってます」

「おぉ、そうかい。若くてなによりだねぇ〜」

 風貌からも感じ取れるように、このおじさんは海の家の店長を務めているらしい。

 店長の話によれば、金成は親の紹介で去年よりアルバイトをさせてもらっているとのこと。勿論、一年

前は中学生だったので、お駄賃程度にしか給料を貰えなかったそうだが。

 店長は五人の個性豊かな少年少女を見据えて、ある一つの提案を打ち出してきた。

「そうだ! 君達、ここでバイトしてみないかね?」

「えっ?」

「勿論、バイト代も出すからさ。ちょっと今、忙しくてな」

 外見とは裏腹に、親しみやすそうな笑みを振り撒きながら、店の手伝いを請うおじさん。

「ぼ、僕も瑠奈さんと一緒に働きたいです!」

 続けて欲望の赴くままに誘いの言葉を金成はぶつけた。頬がめちゃくちゃ紅潮しているが、どうやら千

代田さんの可憐な水着姿に見惚れているだけのようである。千代田さんに好意を寄せていることは確実

だな。

「…………いいんじゃない?」

 そう口火を切ったのは春ちゃんである。

「ほら、海の家で働くなんて滅多にないことじゃない? だからやってみてもいいかなって思う。給料も出る

ことだしね」

 流石は興味のあることには首を突っ込まずにいられない性格の春ちゃん。

 確かにいい思い出と経験にはなりそうだけど、接客など人生の中で只の一度も行ったことがない僕とし

ては遠慮したいところかな。

 因みに他、四人の意見はというと──

「春ちゃんがそう言うなら、俺もバイトやるよ!」

 春ちゃんに対して過剰なまでの忠誠心を持つ勇は躊躇いもなく参加の意を告げ、釣られるように千代

田さんや里奈さんも賛同していく。

 最終的に多数決という不公平極まりない手段により、全員のアルバイト参加が晴れて決定。僕は雲一

つ存在しない青空へと吐き出した溜息に、不安を滲ませるしかなかった。



 こうして急遽始まってしまった海の家でのアルバイト。

 6人もの新勢力を加えて店の効率が良くなると思われたが、未だに混み合いが収まる気配はない。

 それもそのはず、4人もの個性豊かな美少女が可愛らしい水着姿で接客をしている為、鼻を伸ばして

訪れる心丸見えの男性客が右肩上がりで増加しているのだ。

 人手が足りないからといって急遽人員を増やした店長の判断は失敗だったのかもしれないが、新勢力

である里奈さん達の接客能力が頭一つ分たけていることもあり、特に問題は発生せず順調に店のお客さ

んを回転させていた。

 グループ内で唯一大人の境界線を越えている里奈さんは、皆の見本になりそうな輝く笑顔でそつなく

接客をこなしている。恐らく、このようなアルバイトの経験が人一倍多いのであろう。

 加えて接客系のアルバイトを現在進行形で行っているという春ちゃんや千代田さんにも、特に問題点

は窺えない。

 一方でアルバイト反対派だった僕も、海の家に無造作に設置されたテーブルを目まぐるしく梯子してい

た。接客の経験どころかアルバイトすらしたことのない僕にとっては、少々苦痛な状況と言える。

 そして僕以上に苦戦を強いられている、もう一人のアルバイト反対派である純朴少女。

「え、えっと、焼きそばが……み、みっつに……あ、あれ?」

 仕草振る舞いから緊張感を撒き散らす香奈ちゃんの接客に、お客さんも少々苦笑いだ。でも、子供の

ように可愛い動きを見せるためか、失敗は大目に見てもらえているみたい。

 成程、香奈ちゃんがアルバイトに反対した理由は僕とほぼ一緒ってわけか。



 交代の時間へと、金成の後を継いで次は僕と千代田さんが料理を担当することに。

 千代田さんの料理と言えば、先日の林間学校で発生したどろどろカレー事件を思い出す。

 あの時の二の舞になるのではと脳裏に不安が過っていたが、案の定、すぐに問題が生じた。

「まずはこれだねっ!」

 千代田さんは焼きそばに絡ませるであろうソースの中身を全て残さず満遍なくぶっかけた。熱の帯びき

った麺は、あっという間に粘りつく黒色の液体で支配される。

「ちょ、ちょっと!」

「え? うちではこれくらい入れるよ?」

 たった今、千代田さん家の料理は異常だという情報を収穫しました。

 あんなにソースの大量に絡まった塩分値異常の焼きそばを料理として出されたら、食べられるもので

はないし相当数のクレームが届きそうである。このまま千代田家に代々伝わる激マズ料理を売り出し続

けたら、確実に海の店の経営は傾き、二、三日で閉店へと追い込まれてしまうに違いない。

「ぼ、僕が教えるんで、見ててくださいっ!」

 そんな常識外れの暗黒料理を生み出す千代田さんを見兼ね、金成が早急に助け船を扱ぎだす。おか

げでお客さんの口へ奇妙な食べ物が吸い込まれるという最悪な事態だけは避けられた。

 とりあえず、千代田さんの料理の世話は金成に一任しよう。金成は満更でもなさそうだしね。

「ここは俺が見とくから、今のうち卓真は休憩とっておけよ。店長に言っとくから」

 といった感じで、追い出されるように僕は海の家を後にする形となった。



 おやつの時間を過ぎたとはいえ夏真っ盛り中の7月後半、まだまだ粘っこい暑さが衰えることはない。

 細かい粒子が敷き詰められた砂浜に足を奪われながら、太陽の熱を避けられそうな避難所もとい日陰

を探していると──

 艶かしい漆黒の水着を身に付ける小柄な少女・香奈ちゃんを発見した。抜群的に愛くるしい微笑みと海

辺のさざなみ、壮大な青空が彼女の存在を見事に引き立たせており、終生映像に残しておきたいほどで

ある。

 休憩を一緒に過ごそうと考えた僕は、孤独に砂場をさまよう記憶喪失少女の元へと歩み寄り、声を掛

けてみることに。

「香奈ちゃん! もしかして香奈ちゃんも休憩?」

「あっ、卓真君。うん、今から私も休憩だって」

 僕の存在にようやく気付いた香奈ちゃんから、休憩の事実が伝えられた。

 丁度良い時に香奈ちゃんとの休憩は嬉しいが、眩しい水着姿を眺めながら二人で過ごすのにはちょっ

と緊張してしまう。

 僕達は肩を並べたまま数分ほど砂浜を散策し、丁度二人が納まりそうな日陰を発見。そのまま腰を落

ち着けた。しゃがみ込んで顔面に疲れた様子を窺わせる香奈ちゃんは絵に描いたように魅力的だ。

「はぁ〜やっぱり接客は苦手だなぁ……」

「僕も同じ……」

 接客という人と接する仕事に骨を折り、盛大に溜息をつく僕ら二人。共に人々を纏めたり、先導するタ

イプの人間ではないので、似た者同士なのかもしれない。

「でも……なんか楽しいな」

 香奈ちゃんは、この夏休み小旅行に参加することができて本当に良かったと話す。この輝く海を我の瞳

で目の当たりに出来たし、貴重な海の家での仕事も体験できた。つまり香奈ちゃんの中でまた一つ、心に

残る思い出が増えたというわけだ。

 旅行の計画を一から立ててくれた里奈お姉さんには感謝を敬して、立派な勲章を授けたいくらいであ

る。

「あの……話は変わるんだけど、さっきね、ちょっとだけなんだけど──」

 話題を一新する香奈ちゃんが切り出した次の言葉が、僕自身の精神にとてつもない衝撃と驚愕を運ぶ

ことになる。

「……昔の事を思い出したんだ」

「……え、えっ、えぇっ!?」

 当然、驚愕せずにはいられず高らかに声を上げてしまう。

 香奈ちゃんが失った記憶の一部を取り戻すという想定外の出来事により、僕は恥ずかしさ丸出しの馬

鹿面を浮かべながら口をあんぐりと開いていた。



2009年4月26日 公開




          

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