キオク

第二十話 夏の日の海水浴



 西原姉妹と愉快な仲間達により決行される日帰りの小旅行当日。

 現在、学校に程近い市民公園で待ち合わせ中である。

 因みに、大学生の里奈さんが普通免許を取得しているということで、軽自動車での移動になるらしい。

「いや、卓真……誘ってくれて凄くありがたい!」

 隣では今回の小旅行の参加者として、感謝の意を告げる勇。

「どーせ、暇だろうと思って」

「しかも春ちゃんとの初デートだせ! 初デート!」

 さて、本日も冒頭から清々しい程馬鹿な発言を放ってくれました。

 デートというのは男女二人で出掛けるものじゃないのか。そもそも天満さんがデートと思う筈ないだろう。

この調子では、勇に初デートの機会は到底巡ってきそうにないな。

「それに……もう一つ楽しみがあるし!」

「なんだよ?」

「春ちゃんの水着す・が・た!」

「……お前、そんなんばっかだな」

 春ちゃんの水着姿が目的という、下心丸出しの馬鹿勇を誘うべきじゃなかったのかもしれない。まぁ、ど

うせ何の行動も起こせずに、ゴングが鳴り響き試合終了だろうけど。

 愚劣な話を右耳から左耳に流していると、僕らの前に一台のワゴン車が歩道の前に留まった。

 車のウインドウから顔を覗かせた女性は、大人らしさが窺えるカジュアルな服装を纏った里奈さんだっ

た。

「こんにちは! 卓真君」

「里奈さん、こんにちは。あれ? ワゴン車持ってたんですか?」

「あ〜、本当は自分の車で行きたかったんだけど、人数が多いからレンタカーで行くことにしたの」

 車内を眺めると、俺と勇以外のメンバーは既に乗車済みだった。

「卓真君、おはよう」

 挨拶を発するのは、ブラックのスキニージーンズ、英字のロゴが刻まれた白のVネックTシャツといった

比較的ラフな格好を見せる香奈ちゃん。両肩に掛った優雅に流れる黒髪が、純粋な可愛さを更に引き立

たせている。

 私服姿を見るのは初めてだけど、新鮮さがあって非常に和む光景だ。僕も、軽く挨拶を返す。

 一方、勇の第一行動はというと──

「春ちゃん! おはよー! 今日も可愛いねぇ〜!」

「……朝から煩いわね」

 陽気な挨拶に対し、鋭く一蹴する学園アイドルの春ちゃん。幸先の悪そうな二人の会話のせいで、勇の

姿が情けなく無様に映る。

 まぁ、普段の行いがアレだから仕方ないか。

 斯くして六人を乗せたワゴン車は、県外の海水浴場に向けて発進するのだった。



 約二時間、ワゴン車をひた走らせ、今回の目的地である『角崎海岸』へと到着。

 全国的にも知名度と人気の高い、美しい瑠璃色を広大に映し出した海水浴場である。勿論、現在は夏

休みの最中なので、人々がひし犇めきあい予想通り混雑を起こしていた。

 そして現在、砂浜の一角で女性陣の到着を待ちわびる僕達男組。服を脱いで海パンを穿くだけといっ

た超単純作業の為、速攻で着替え終えてしまったのだ。

「早くこねーかなー! 春ちゃん!」

 鼻を伸ばしながら半ば興奮気味で喋る勇は、よほど春ちゃんの水着姿が気になるらしい。

 男として気持ちは分からなくもないが、正直強欲すぎると思う。

「そう焦るなって。女性の準備は意外と大変だから」

「そうだな。で、だ、卓真。今日は素晴らしいものを用意してきたぞ!」

 意気揚々と勇がリュックから取り出した物は、今となっては珍しい一眼レフカメラ。それも形状を見る限

り、かなりレトロな一品だった。デジタルカメラを使わない辺り、マニアックというか力の入れ具合が半端な

い。

「お、お前……そんなもの持ってきたのか!?」

「当たり前だ。春ちゃんの美貌をこのレンズで激写するのだ!」

「……わざわざ買ったのか?」

「親父の部屋からパクってきた」

 勇の親父さんは写真撮影が趣味らしく、こういう一眼レフカメラをコレクションとして収集しているらしい。

今頃、部屋の中から消滅したアンティーク品のカメラを、必死で探し回っているに違いない。下心丸見え

で自分勝手な息子のせいで。

「安心しろ。ちゃんと香奈ちゃんの水着姿も取っておいてやるから」

「べ、別にいいんだけどな」

 そうは言ってみたけど内心、ちょっと嬉しいかも。

 果たして香奈ちゃんは、どんな水着姿を見せくれるのだろうか。淡いピンク色が映える華やかな水着な

のか。はたまた爽快感を放つ水色の清新な水着なのか。

 考えれば考えるほど、甘くて幸福な想像は膨らむばかりだった。



 数分後、遂に女性陣が砂浜へと姿を現した。

 まず初めに目に飛び込んできたのは春ちゃん。華美な深紅色の水着、そして女子高生とは思えない程

のグラマラスな身体つきに圧倒され、直視できない。流石、学校のアイドル的存在と言われる少女のこと

だけはある。

「は、春ちゃん……さいこー!」

「はいはい、うれしいうれしい」

 眼中にも入らない勇に褒められている為か、全然嬉しくなさそうだ。

 次に、千代田さん。控え目な感じが堪らない桜色の水着を、鮮やかに着こなしている。温厚な千代田さ

んらしい格好と言えるだろう。

 続いて、香奈ちゃんのお姉さんである里奈さん。活発な大学生らしい群青色の水着を着こんでいる。こ

の広がる青空と波立つ海に調和した素敵な姿だ。

 ……何故、僕は女性陣の水着姿の解説なんかしているのだろうか。

 最後に、本日僕が一番楽しみとしている香奈ちゃん。が、何故か里奈さんの背中から顔を覗かせ、な

かなか皆の前に姿を現さない。顔も赤くしちゃって、どうしたのかな。

「ほら、香奈! ちゃんと星川君に水着姿見せないと!」

「で、でも……」

「いいから! 誉めてもらいたいんでしょ?」

「わ、わかった……」

 次の瞬間、思いもよらない姿が僕の瞳に写った。

 驚くべきことに香奈ちゃんは、漆黒が艶めかしい大人の色気爆発の水着を身につけていた。幼さが垣

間見える普段の可愛らしげな少女とは点で違う。まさかこんな色気のある、大胆なビキニ姿を披露してく

れるとは。

「……ど、どうかな?」

「……う、うん! 似合う、めちゃくちゃ似合うよ!」

 正直かなり驚いたけど、思わず抱きしめたくなるくらい魅惑的なプロポーション。もはや最高としか言い

ようがない。

 その時、僕は里奈さんと電話で交わした会話を思い出した。確か僕は好きな色を訊かれて、黒が好き

だって教えた気がする。

「里奈さん……どういうことですか?」

「えー? 私はただ水着を買いに行った時、卓真君の好きな色が黒だって教えただけだよ」

「……誰も好きな水着の色なんて言ってないのに」

「でも、選んだのは私じゃなくて香奈だよ? ……卓真君もこういう姿見れてラッキーでしょ?」

 はい。里奈お姉さんの仰る通り、珍しい姿の香奈ちゃんを拝めてラッキーでした。

 脇ではどういうわけか、煌めく海をバックに学園アイドルこと春ちゃんの水着撮影会が始まっている。

 春ちゃんは勇の合図に従ってポージングを決めていた。扇情的で豊満な女体からは、他の女性にはな

い惹きつけられるものがある。何となく、春ちゃんを狙っている勇気のある戦士たちの気持ちを理解でき

るような気がした。だからといって玉砕される為に告白をするのはどうかと思うが。

「はい。じゃあ、次は香奈を撮るから、カメラ貸して」

 一通り写真を撮り終えた後、勇から強引にカメラを奪う春ちゃん。

 その後、発言通り、香奈ちゃんの水着姿をレンズ越しに撮影開始。

 ターゲットにされた香奈ちゃんは、身を縮ませて照れくさそうに水着を覆い隠すだけだった。

 数枚写真を撮って、素直にカメラを返却する春ちゃん。カメラからは綺麗にフィルムのみが抜き取られ

ていた。

「フィ、フィルムは?」

「どーせ、あんたのことだし写真現像して変な事に使うつもりなんでしょ。私がこんな恰好で撮影を許可

しただけでもラッキーだと思いなさい」

「そ、そんな……」

 だろうね。あの天満さんがそう簡単に馬鹿勇の口車に乗るはずがない。

 さり気なくフィルムを抜き取っているあたり、隙を見せない少女だ。学園アイドルの名は伊達じゃないっ

てことか。

「星川君にはさっき撮った香奈の写真あげるからね。今撮影した写真全部」

「ちょ、ちょっと〜恥ずかしいから止めてよ〜! 絶対、絶対止めて〜!」

 春ちゃんが提案した実に有難いご厚意に対し、頬を真っ赤に染めた香奈ちゃんは全力で止めにかか

る。

 やっぱりあの派手な水着を身につけるのは相当恥ずかしかったんだ。僕の好みに応じる為とはいえ、

よく着る気になったと思う。でも……恥じらいを覗かせた香奈ちゃんの水着写真欲しかったな。

「春ちゃん……俺には……?」

「だから、やるわけないじゃん! 変態! 近づくな!」

 心臓を突きぬけるような一言に、人生に絶望を感じた少年のように泣き崩れる勇。号泣する姿を見る限

り、こいつの世界は春ちゃん中心で回っているのか。ご愁傷様。



 その後、僕達は海辺で浮輪に捕まりまったりと波に揺られたり、ビーチバレーで白熱した試合を敢行し

たりして、楽しい一時を過ごした。



 太陽は頭上高くに昇っており、遠くに設置された時計台の針が正午の時間を指し示している。

「そろそろ、昼食にする?」

「そだね」

 空腹を合図に、一行は浜辺の一角に設置された海の家に歩を進める。

 海の家は丁度お昼時という事もあり、激しい混みあいを見せていた。店員も手が回らないほど、終始忙

しそうに走り回っている。

 そこで目に飛び込んできたのは、何処か見覚えがある一人の少年。同時に後方で、勇が驚きの声を上

げた。

「あー! 金成じゃん!」

「ホントだ。財前君がいる」

 皆は次々とその人物の存在に気付いていく。

「あれ……ホシタクに、ユーに……る、瑠奈さん! 瑠奈さんだ!」

 店内に設置された暑さが滲み込む鉄板。その上に広がる焼きそばを必死でかき混ぜていたのは、半

袖短パン姿の貧乏少年こと財前金成だったのだ。



2009年4月5日 公開




          

inserted by FC2 system